#2
二時間目終了のチャイムが鳴った。
教室にざわめきが広がる。席を立って他のクラスの友達のところに向かう人、仲のいいクラスメートの席に行っておしゃべりを始める人。
隣の克之も、席を立って教室を出て行く。きっとまた2組の池中君のところに行って、学校帰りに「たこ八」でタコ焼き食べようとか相談するに違いない。たまには私も連れてけ。
私達付き合ってるはずなのに、学校から一緒に帰ったりしたことは一度もない。それどころか、一緒に出掛けるのは釣りの時ばかりで、映画とか買い物に行ったりしたことすらない。なんだろ、この変なカップル。
克之のことはもちろん好きだけど、もう少し普通に彼氏、彼女らしいコトしたい。
克之は相変わらず学校では私に話し掛けない。こっちからも話し掛けないけど。私の名前を呼ぶときも、2人きりの時以外は「川原」って苗字呼びだし。
学校では、克之は私達のことを周りに知られたくないらしい。9月頃、克之に弟の智也の釣りの相談をしているところを他のクラスの子達に見られて、一時期学校中の噂になったことがあった。だけど今はそれもほとんど治まっている。
私と克之のことを知っているのは、学校では池中君だけ。
うん。今日も平和でのどかな学園生活だ。
一学期以前は、私は学校という所がキライだった。小学校の頃から友達がぜんぜんいなかったから。ううん、いなかったんじゃなくて、作らなかった。
お父さんとお母さんは、私が3歳の時に離婚した。それからは、お母さんと弟の智也と3人暮らし。
お父さんがいない理由をあれこれ聞かれるのが嫌で、友達の話をはぐらかして、時には無視して…。 気がついたら、私の周りには誰もいなくなってた。でも家のことを根掘り葉掘り訊かれるより1人でいる方が楽だったから、このままでいいや、ってずっと思ってた。
だけど克之のお父さんが利根川に連れて行ってくれた日、…10年振りにお父さんに偶然再会した日だったけど、克之は私に言った。私の周りに集まる人達の中には、私と仲良くしたいだけの人もきっといるって。
そしてみっちも… あ、相沢美知香っていう私のクラスメートも、私と同じでお父さんがいないって。
みっちは4月頃、一生懸命に私に話し掛けてくれていた。なのに私は、またいつものようにみっちの話をはぐらかしてばっかりで…。みっちだって、私とまったく同じ境遇だったのに。
私はみっちが他のコと話してるのが聞こえてたから、みっちが好きなマンガのこととか知っていた。だから、ある日勇気を出してみっちに頼んでみた。単行本貸して欲しいって。
みっち、最初は私に話し掛けられてすごくビックリしてたけど、すぐにニッコリ笑って言ってくれた。
「おっけ!!! さっそく明日持ってくるから!!!」
次の日、みっちは「辛党パティシエ!」を10巻までいっぺんに持って来た。その日、みっちのカバンはそれだけでパンパンになってたけど大丈夫だったのかな?きょ、教科書とかちゃんと持って来てたよね?
その日から、私とみっちはよく話すようになった。みっちは他の子達と話してる時とかも、私に手招きしてそれとなく話の輪に招き入れてくれたから、今ではクラスの他の子達とも普通に話せてる。
このクラスにみっちがいてくれて、ホントによかった。 あ、あとついでに克之も。
そんなことを考えながら右前の席に座ってるみっちの背中を見てたら、急に振り返ったみっちと目があった。
みっちは私の視線に気付くと、自分の席を立ってこちらにやって来る。
「よっす。どした、瑞季?」
みっちは空いた克之の席に座りながら言った。
みっちは私とは正反対の、明るくカラッとして男勝りな性格だ。そのせいか女子の間だけでなく、男子達とも気軽に話す。私の知る限り、克之にも普通に話し掛ける数少ない女の子の一人だった。
「ん?別に。そっち向いてぼーっとしてただけ」
なんか、考えてたコトを話すのも照れ臭かったからトボケて見せた。
「まーたまたぁ。あんな熱い目線で私を見てたくせに。今日もデートする?あたし、メリーディアのモンブラン食べたい気分!」
日々のそういう気分の積み重ねが、あなたのソコを育てたのかしら?
私はみっちのムネがたゆん、と揺れるのを99%の羨望と1%の殺意を込めて見つめた。
実際みっちは、性格は男前なのにビジュアルはすごく男子ウケしそうな印象だ。肩を少し越える長さの髪を軽く脱色していて、2つボタンを開けたブラウスの胸元からは中学生とは思えないサイズのふくらみが裾野を覗かせている。丈を気持ち詰めたスカートから伸びた白いスラリとした脚が、これまたキレイなラインをしていた。
私は思わず自分の胸元に目をやる。
うん。相変わらず見晴らしのいい平野部だ。
よし。その挑戦、受けて立つ!私の場合、体の違う部分が育ちそうだけど。
私は一方的な闘志をみなぎらせて、みっちにビッと親指を立てて見せた。