#18
「じゃあ、始めましょう。前にも言ったけど、私も一緒に釣らせてもらうわ。今日のフィールドのコンディションを調べがてら、だけど」
先輩が私の準備OK宣言に頷いてそう言った。
「川原さん、好きに釣ってみて。匹数のノルマとかはないから、心配しないでね」
先輩の言葉にコクリと頷くものの、数のノルマなり何なり、明確な合格基準があった方がやり易いという部分はやはりある。「真剣さを示せ」というある意味曖昧模糊とした要求では、具体的な方針に繋がりにくいのだ。
まあとにもかくにも、私が今日ここに来たのは釣りをするためだ。お父さんや克之に教わった通りに、頑張ってニジマスを釣るだけ。
まずは池全体を見回し、魚の付きそうなポイントを確認する。
私が立っている位置から見て、池の左寄りに島が1つ作られている。それから私の右側数メートルの所に、コンクリート製の水路から水が流れ込んでいる箇所があった。
流れ込みからちょうど池を半周した所には、逆に池の水が流れ出している場所があるが、そこには別のお客さんが入っているので除外だ。
私は池の左側に移動し、島にスプーンが届く場所に入った。
そういえば先輩は、と目をやると、池を挟んで私のちょうど反対側の場所で釣りを始めたところだった。
克之は10メートルほどの距離を空けながら私の後に付いて来ている。私と目が合うと、口をへの字に結びながら池の方に向かってアゴをしゃくって見せた。
早く釣り始めい、というお達しらしい。
彼氏サマのご命令とあらば、と私は島の右側の端に向かってロッドを構える。
お父さんに教わった通り、少しゆったりとしたリズムでルアーをキャストした。スプーンがほぼ狙った場所に飛ぶ。
まずは深さの確認だ。カウントを取りながらラインの動きに目を配り、着底を待つ。
ラインが止まった。7秒だ。
私はロッドとラインがまっすぐになるよう気を配りながら、少しゆっくりめにリールを巻き始めた。
成田からの帰りに車の中で克之に言われた通り、常に一定のスピードでリールを巻けるよう大好きな歌を口ずさんでリズムを取る。
克之が少し驚いたような顔で私を見ていた。
まさか克之、こんな時に呑気な奴だなとか思ってるんじゃないでしょうね? 私なりに色々工夫してるんだから!
水中を進むスプーンが見えてきた。水を受けて揺らめくたび、光を反射してキラキラときらめいている。
第1投目は空振りだ。
まあ、そう上手くは行かないよね。しかも水深を測りながらの1投だし。
もう1度同じ場所に投げて、今度はカウント3で巻き始める。リズムを一定に、一定に、っと。
魚の反応はなし。
私はふっと息を吐き出すと、今度は池の左側に向かってキャストした。
まずは底の付近を探るため、カウント6まで待つ。リーリングを始めて慎重にリズムを一定に保つが、ラインに変化は現れなかった。
その後も、方向を変え深さを変えと色々試したものの、魚は私のスプーンにかからない。
おかしい。お父さんに成田で習った時にはそれなりに釣れてたのに。
まだ試していない方法は、…スプーンの色か。
私はウェストポーチからスプーンウォレットを取り出すと、宝物の箱を開けるようにそっと開いた。
今使っているのは赤。変えるのなら、同じ暖色系の黄色とかより、思いきって寒色系の青にしてみようか。
重い2.9グラムの方を選び、ラインの先に結ぶ。
ルアーチェンジを終えて顔を上げると、向こう岸の先輩が緊張した様子でロッドを操るのが目に入った。先輩が見つめる先の水面から魚が跳ね上がる。
先輩にヒットしてる。
手慣れた様子でやりとりし、魚を手際よくネットでランディングする先輩に、思わず魅入られたように目を奪われた。
経験や技術、そういったことで先輩に敵うなんて、もちろん最初からそんなことは考えていなかった。それにしたって、直接目にすると何ていう圧倒的な私との差。
トラウト釣りに特化しているということはあるにしても、今見た手際はもしかしたら克之よりも上かもしれない。
私はスプーンをチェンジしたにも関わらず、ロッドを振るのも忘れて茫然と立ち尽くした。




