惑星間航行の日常 冷凍睡眠(コールドスリープ)から目覚める
火星軌道が近づいたので主人公は冷凍睡眠カプセルから目覚めます。
でも人工頭脳のせいで高度な知識やデータをつめ込まれた主人公は……
プシュー……
冷気を吹き飛ばしながら、カプセルの蓋が開く。
「うーん……おはよ。って、そうか。宇宙ヨットの中だっけ」
恥ずかしい……
誰にも聞かれていなかっただろうな。
まあ惑星間航行中の単独宇宙ヨットで誰も聞いているはずもないか。
しかし今回は初めての冷凍睡眠カプセル単独使用だったせいか、なんだか変な夢を見ていたような気がする……
待て。
あれは夢だったのか?
冷凍睡眠中に夢を見るなどという話は聞いたことがないぞ。
以前、火星に行った時の往復にも貨客船で冷凍睡眠やったけれど夢なんか見なかった……
大体、普通の眠りと違い人工頭脳に完全管理されている冷凍睡眠システムでは脳の血流以外は極端に遅くなり、脳の基幹部分を除いては活動を低下するような設定になっているはず……
って、おいおい!
待ってくれ!
俺が何で、こんな宇宙船のエンジニアクラスの知識を持っている?
冷凍睡眠システムの設定なんか素人に毛の生えたレベルのシステムエンジニアの俺が知ってるはず無いじゃないか!
何だこれ?
落ち着いて考えると俺の頭の中で、いくつもの考えが、いくつもの視点から、いくつもの結論に落ち着いていく……
おいおい!
これも何なんだ?!
俺は超天才のグループに入れなかった普通人だぞ!
こんな多重思考、超天才でもなきゃ無理だって!
と、こんな事を体感してパニックになっている主人格の俺を放っておくように、俺の手と口は火星管制を公式通信で呼び出して、各種の手続きとフライバイ(軌道通過)手順を確実にこなして行く……
何だ、何なんだこれは!
俺の身体、どうなった?!
パニックになった主人格をなだめるように他のサブ人格が声をかけてくる。
「大丈夫か?落ち着けよ」
「しばらくすれば統合されるさ、時間の問題だ」
「お願いだから、落ち着いて。大丈夫よ、大丈夫ですって」
「そんなヤワな精神でどうする!宇宙軍では、そんな鍛え方はしていないはずだぞ!」
うん、多少は落ち着いた。
最後のサブ人格と、その前は何だ?
俺の中に軍人やオカ……
違う!
女性人格があるとは想像もしなかった。
また、しばらく火星管制宙域にある間は、冷凍睡眠に入ることが出来ないため、この多重思考を制御することを優先事項としよう。
はて?
俺って、こんな冷静な判断や思考が出来る人間だったっけ?
現在、俺=主人格を含め合計5人分の人格が俺の頭脳の中にある。
まずは、この5人の意思の統合からやっていこうか……
何だか、カプセルから目覚めたら宇宙ヨットの中が一気に騒がしくなったようだ。
たまには、こんなワイワイガヤガヤも楽しいかも知れない……
俺は、肉体は一つだけど気ごころ知れたチームが出来たようで嬉しかった。
だけど、これからは一人で考えこむことは決してできなくなったなぁ……