ガルガンチュア、クルー募集 其の五
ある時、ある星での楠見親子コンビの日常(笑)
ここは、とある銀河の、とある星。
この星には銀河統一政府から任命された統制官がいて、中央政府からの指示や政策、経済動向などを中央政府の意向と共に、こちらの星の星系統一政府に伝えて、何か齟齬があれば折衝するという潤滑油の役目を担っていた。
今までは……
現在、中央政府から任命された統制官は中央政府の出先機関にいるはずなのだが、どこをどう見回しても、ここの星系を担当する統制官は見えない。
実は星系政府の独立・自主政府樹立を目指す(と言いながら実は近隣星系を植民地にしようと企む侵略派である)一部の傍流派閥が裏で星系軍や警察機構に手を回し、星系担当統制官を冤罪に落とし、今、この星に中央政府の声を伝えられる人物がいなくなっている状況。
さすがに侵略派としても中央政府から派遣されている統制官を暗殺するとかの極端な手段は取れず(そんなことやったら、銀河統一宇宙軍の一個艦隊がこの星に来てしまうのは目に見えている)
冤罪だぁ!
と叫ぶ統制官の声を無視しつつも、それ以上の行動が取れず、双方とも不満が募っていった……
そこに、急に予定変更になったということで元・クスミインダストリーズ会長と、その執事の二人組が辺境星域の視察旅行で来ることになった。
慌てたのは経済担当の大臣と、その部下たち。
元とはいえ、あのクスミインダストリーズの会長一行。
この星にも営業所があるくらい、銀河中にクスミインダストリーズの支店や営業所が無いのは開拓初期の星しかない(未開の星には、開拓団の受け入れと支援という名目でクスミインダストリーズから事務所が開設されて、開拓団員は必ず事務所への登録と支援物資を受け取る決まりになっている)というジョークすらある超々大企業の関係者。
視察結果によっては、この星、いや、この星系が一気に発展するという結果も期待できる超大物VIPのご訪問。
ある意味、中央政府の高官よりも貴重な富を星系にもたらす福の神とも言える。
「ようこそ、こんな中央から見捨てられたような星系へ。今は、クスミインダストリーズのお力を借りて、なんとか星系人口全てを飢えずに生活できるだけの食料と宇宙船は確保しております。それにしても、クスミインダストリーズの元会長なら、近くにある大きな星系のほうが視察には良いだろうと思うのですが……とは言うものの、こちらとしては望外の喜びです、こんな星にまで視察していただけるというのは、いわばチャンスとして見てしまいますので」
太二くんが元会長、楠見のほうが元会長付執事として予定表を提出しているが、どう見たって親子とは思えないので、このほうが良い。
二人を迎えた大臣一行は、とてもじゃないが自分たちとは格の違う相手に戸惑っている。
当たり前といえば当たり前だが、そもそも辺境に近い貧乏星系の一政治家と、銀河中に支店や営業所を構えているような超大企業の元会長一行など正に天と地ほどの権力と財力の差がある、頭を下げるしか無い相手。
もし機嫌を損ねたりしたら最悪この星系が破産しかねない相手なんである。
楠見と太二くんは下へも置かぬもてなしを受けつつ、この星の現状を見て周ることとなる。
「予定には入れていなかった星系ではありましたが視察に来て良かったですよ。この星ならクスミインダストリーズの方から無償融資をすることも可能でしょう。一気にとは行きませんが、これから、この星は中央と肩を並べることも可能なレベルの工業力と技術を手に入れることも不可能じゃない」
大臣一行は心の底から安堵する。
食料は数字の上では足りているようにみえるが、その実、とても全人民に配給できるほどの数量は無いのが実状。
一部の過激な政治家が中央からの完全独立・星間帝国樹立などという馬鹿げた思想に傾注するのも総じて星系そのものが貧しいからだ。
それが、食も技術も工業力そのものの上乗せすらできるという未来が見えた。
太二くんが視察の感想を述べている間に楠見はサッと大臣一行の思考を読む。
《太二、ここにいる人員で、トラブルの大元になってる過激な独立・星間帝国樹立派の構成員はいないようだ。しかし、大臣が折衝相手として政治的な交渉をしている相手に、この過激派連中がいる。どうする?元会長の権限で別会談として過激派と会談・会合するか?》
〈さすが父さん、あの一瞬で全員の心を読んだか。じゃあ大臣に手配だけしてもらって、危ない人たちとは別会談としようか。そのほうが一般人に迷惑かからないだろうし〉
《お前も言うようになったな。まあ、会長になったせいで貫禄はついたようだが……今は大丈夫だが過激派との会談では俺も自分のことで手一杯となりそうなんで、お前を守りつつ相手を無力化するのは難しいぞ》
〈それは大丈夫だよ。子供の頃に使ってたガジェットを我社の開発部で改造したものを使うから、俺のことは心配しなくて良いよ〉
さっと、これだけテレパシーで瞬間的に話をし、あとは当たり障りのない会談に準じる二人なのであった。
会談後、大臣にだけ、過激派との会談あるいは対話の機会を設けてほしいと頼み込み、渋々ながらも大臣は引き受ける。
「頼みますから、相手を刺激するような発言だけは控えてくださいますよう、重ねてお願い申し上げます!彼らも根っから悪い人間では無いと思いますが、この星系と星の経済状況と治安状況から、過激にならざるを得ない事情があったのだと思います。できれば穏便に会談を終えていただくほうが、元会長の御身を危険にさらさ無いという点では良いでしょうね」
大臣が、会談の場は設定できたが、相手の事情と強硬な発言で、どうしても治安の良くないと言われる場所にあるホテルの大宴会場でなきゃダメだと言われたそうで。
楠見と太二くんの二人だけで来い、それ以外なら会談などお断りだと強烈な発言も出たらしいので、
「それならば、私と執事の二人だけで向かいます。護衛も不要ですよ、後をついてきたら、それはそれで厄介なことを引き起こしそうですので。とりあえず、終了したら連絡しますよ」
と、いつもの調子で軽く行動する太二くん。
執事の振りをする楠見も内心では苦笑い。
この二人がいる状況で、例え軍の1個連隊が出てきたとて、例え重機関銃や戦車が出てきたとて、俺達に何かできるとも思えんよなぁ……
などと、内心では全く心配などしていない。
数時間後、周りを見るからに物騒な雰囲気で取り囲まれて、それでもリラックスしている楠見と太二くんの姿があった。
「クスミインダストリーズの元会長という触れ込みだが、なかなか度胸があるようだな、そこの執事含めて。会談という大臣からの話だったが、こちらとしては、あんたがたを捕らえて、その身代金として1億G(この星の通貨単位、というか、この銀河の通貨単位。1億Gは、約一兆円ほど)くらいは即金で払ってくれるだろうと思うんだけどね、あの超大企業なら」
親玉と思われる、見るからに反体制で生きてきたという主張が歩いているような奴が下世話なジョークでも言っていると自分では思っているのだろうが。
楠見は執事という触れ込みなので何も言わない。
おもむろに太二くんが口を開く。
「第一声が、こちらを捕まえて身代金要求の話ですか……周りの方々も、普通じゃないね、これは。反体制の政治団体と言うより、全てが金で繋がった暗くて汚くて薄汚れた、ただただ自分の為に金がほしいだけの、金に飢えた亡者共の集まりでしたか……これは、もう話し合いとか援助だとか言うレベルじゃないですね……父さん、どうします?」
太二くんに聞かれた楠見。
その顔を黒い笑顔が覆うように、
「ん、ふふふふ……久々だよなぁ、お前が子供の頃に、雪山でやった二人だけの山狩りを思い出す。あんときゃ、獲物がいーっぱい獲れたよなぁ。ああ、思い出した。あまりに狩りすぎて獲物の血抜きと解体が大変だったなぁ……今回は楽だぞ。手足をへし折るだけで良いんだ。さて、太二には3割ほど相手をしてほしいんだが……できるかな?」
「お、三割は少ないよ。半分は無理だろうけど、4割は任せてほしいかな……父さんの方が強すぎて、あっという間に殲滅しないって条件のもとだけど」
「見くびるなよ、俺は人間相手にゃ半殺しが基本だ。その後、病院から出られないとしても……な」
にーっこりと、もう隠そうともしない黒い笑顔に、太二くんは、
あ、これは俺の方で何とかしないと、手足のちぎれた負傷者ばかりになるな……
と、できる限りの無力化を自分がやるしか無いと一大決意。
数十分後……
「指名手配受けてるような重罪犯まで数人、おりました。それにしても……相手が拳銃やら刃物やらを普通に持ってきてるのに、あなた方二人は無手ですか……これでは相手が過剰防衛と訴えることも出来ませんな。それにしても見事と言うしか無い結果です。多少、やりすぎと言えんこともありませんが……それでも銃器まで持ち出して、120対2の状況で無傷とは……」
大臣が、会談終了の報告を受けて現場に来てみると、そこにいたのは、立っている人数は二人のみ。
後は壁にめり込んでいたり、床に転がっていたり、そのやられ方も様々なら、全治数年の重傷から、キレイに折られた手足で全治数週間までのものが、そこいらに固まって転がったり天井に刺さっていたり……
慌てて警察と救急を呼び出して、二時間ほど太二くんと楠見は事情聴取で拘束されたが、大臣の口利きで無罪釈放。
相手の人数と銃器持ち出しに対し、こっちの二人は無手という事実があるので、これはやりすぎでもなんでも無いと警察も納得した。
「父さん、今回は派手だったけど、こんなの稀な結果だからね。いつもは何もなく、普通にトラブルシューティングやって終わるんだよ」
「だが、今回のような政治の事情が絡むと、問題解決が伸びるぞ。いっそ、ぶつかりあいで一気に解決するなら、それはそれで良いと思うが?」
「いや、だからさ。それは俺達が特別だって……まあ、これが父さんと組んだ場合の常識だね。日常ってなんだろうかと、ふと考えたくなるなぁ……」
一種、諦めの気持ちすら漂わせながら、太二くんは溜まってるトラブルを次々と解消させていくのだった……