楠見を探して 12 最終話
終了です。
書いてて面白かったですね、この話。
一方の楠見。
「ここに跳ばされて、もうすぐ100年……これ以上は、不老の身体を公衆に見せつつ生きるのは危険だよなぁ……今でも時折、健康雑誌やら政治経済誌、老人生活雑誌などが俺の噂を聞きつけて、老いない秘訣とやらを探る特集を組むからなぁ……宇宙を跳び回ってる限りは不老でも長寿でも問題無いんだが、やっぱり一惑星内だと、寿命が明らかに違う存在ってのは問題になるよなぁ……ガルガンチュア、いつになったら救助に来てくれることやら……」
思わず独り言を言う楠見だが、その頃にはもう、ガルガンチュアの各船は楠見のいる銀河へ移動しつつあった。
あとは時間の問題……
ではあるが、楠見には個人的に解決しなければならない問題が出来ている。
「あ、秘書君?今日の予定は?何、久々に政府関係でのトラブル持ち込みの予定はないって?そりゃ良かった。俺は外出してくるからね、お昼には帰るよ。用件?ちょっとした野暮用だ……緊急用に端末持ってくから、それで呼び出してくれれば良いからね」
半日だが、オフとなった楠見は、その足で郊外にある施設へ行く。
「やあ、所長。久々に休みが取れたんでね、半日だが。こっちの様子を見に来た」
突然にやってきた会長、楠見に驚きつつ、所長自ら最新の施設を案内する。
「会長、来るなら前日にでも一言連絡をください。突然の来所なんて、従業員サプライズにも程がありますから。こちら、最新の宇宙空間対応航空機です。通常は大気圏内までですが、国内法と国際法が整備され次第、ここにある全てが全世界の大規模事故・自然災害対応部隊へと配備される予定です。会長が出してくださった設計図通り、何も変えていません……と言うか、あれ、本当に頭の中で思いついた物ですか?あのデータより優れた改善点なんか何も出ない、それどころか、あれを基準に様々なアイデアが出てくる始末ですよ。搭載されてる救助機器や設備にしても、改良点など何もない、現場で鍛えられたような優れた使い勝手。ねえ会長?あれ、本当は、どっか政府の機密部署からの流用データじゃないですよね?」
「所長、あれに関しては純粋に、俺の頭脳から出た物だよ。まあ、改良は何度もしてたんで、それなりに完成されたものにはなってるんだが。統合政府が空と宇宙に関して、もうすぐ救助部隊に特別通行証を発行するように聞いてるんで、あとは吉報を待つだけ。ここまで来るのに、長かったなぁ……」
「そうですね、会長。私も感慨深いです。この救助部隊がテスト運用されるやいなや、あっちこっちで大規模災害が起きてしまったのは運が悪いというのか、部隊運用の実績が増えるのは運が良かったというのか……数年で、全世界が救助部隊受け入れを容認するようになったのは良かったんですが、未だに古い国の縛りで、国境や政治的な縛りが残ってる地域には即座に部隊派遣が出来ないという馬鹿げた法律がありましたからね……それも、ようやく国家の縛りも大気圏を抜けて超高速で飛ぶことも許される状況になり、私は嬉しいのです……感涙モノですよ、これは」
楠見は、所長の表情を見ながら、
「実はね、所長。俺は、もうすぐ引退して会長職も辞す。でね、後釜に、君を推薦しようと思うんだが……」
「じょ、冗談でしょ?楠見会長。ここまで大きくなってしまった総合企業なんて、個人で管理できるのは会長くらいのものですよ。はっきり言って、会長の後釜になろうとするなら、常人の頭脳じゃ無理です。少なくとも、10組は専門経営集団が必要ですね。この(株)クスミインダストリーズ、もう関わってない業界のほうが少ないくらいに全世界のインフラに食い込んでるんですから。会長職に私?無理ですね。断言します」
「まあまあ、それは解決方法があるから。私の知ってる人間の中で、私のあとを引き継げるものは君しかいないんだ……ん?時間か?……」
《ガルガンチュア、郷か?待ってたよ。こっちの星でのトラブル解消は、もうすぐ終了する。合図するんで、転送してくれ》
〈分かりました、師匠。長かったですよ、この百年は……〉
「会長?上の空みたいでしたが、何かありましたか?」
所長が、楠見の様子がおかしいと顔色をうかがってくる。
「いや、何でも無いよ。その時がきたってだけのことだ。俺は、この星に長くいすぎたようだ……ありがとう、所長。辞職の発表と、君への引き継ぎは、もう文書にまとめてある。午後には、俺の辞職発表があるんだろうからメディアニュースに注意しててくれないか」
そう言うと楠見は、そそくさと施設を辞す。
会社へ戻ると、予定していたものとは違う記者会見と重大発表を行うと全社に事前通知を行う。
予め、今日の午後は新製品の発表会となっていたが、急遽、内容が変わると会長自ら発信する。
全社員と関連企業の全てが見守る中、衝撃のニュースが発表される。
「今日、今現在をもって私は、株式会社クスミインダストリーズの会長職を辞することとなります。それに関し、後継者の発表と、関連企業に関する今後の予定を発表します」
後継者の所長については秘書に予め知らせてあり、重役会でも事前に討議されて了解を取り付けていたため、特に問題はなかった。
大問題となったのは、楠見個人が担当していた政府関係のトラブル対応の件。
「クスミさん!引退と聞きましたが、まさか、このトラブル対応まで辞めるんですか?!困りますよ、大規模トラブルが発生したら必然的に、クスミさんのお力に頼るしかない状況なんですから!」
「ああ、やっぱり来ましたか。もう、よほどのことがない限り、重大トラブルは起きませんよ……ちなみに、これから起きるだろう重大トラブルを予想し、ここに問答集を用意しましたので、ご活用ください。これがあれば、少なくとも数百年は大丈夫ですから」
半信半疑で、用意された問答集を見ていく政府要員たち……
「クスミさん?この問答集によれば、この星は宇宙文明となり銀河狭しと跳び回ると、なっておりますな。本当に、これが可能と?」
「少なくとも私は、そのように、この星を育ててきましたよ。本当に重大な問題が起きたら、クスミインダストリーズのメインサーバにアクセスしてみてください。必ずや、回答が得られると思います」
あっけにとられた政府要人たちを尻目に、メディア発表席から退出する楠見。
《ガルガンチュア。こちらの用件は終了した。転送してくれ》
あわてて楠見の後を追いかけたメディアの記者たちや政府要員たちの眼の前で、楠見は消える。
「おい、見たか?消えたよな、クスミ会長」
「何だったんだ?あれは……空中にかき消えていくような……大体、クスミ会長そのものが得体のしれない存在だって話を聞いたことがあったんだが……」
「もしかして、クスミ会長ってのは、マジな話「神の使い」だったのかも……あの人が会長職だったのって、巨大企業になってからでも50年過ぎてたんだぞ……俺の会社に、まだ起業して間もない頃のクスミインダストリーの全社員の写真がある。クスミ会長……その頃は社長だが……その頃の写真と、何一つ変わってないんだぞ、顔も体型も。今から思えば、会長は人間じゃなかったのかも知れない……」
最後の最後にミステリーを残し、楠見を乗せたガルガンチュアは、いそいそと当該銀河を離れる。
楠見は、久々に仕事後の充実感を覚えつつ、久々のガルガンチュアに懐かしさすら感じていた。