待合室の彼女 その12
社内教育の違いを述べましょう(笑)
話を元に戻して(株)本庄機器開発販売へ。
「我社の労働スケジュール、楽と言えば楽なんだけど……これで本当に会社の業績が上がってるのかなぁ?」
新入社員の独り言。
今はお昼休みの時間。
休憩室もランチルームも巨大な食堂も完備されいる本社兼工場兼研究所の敷地は広大。
素早くランチを終わらせて、ひとっ走り会社の敷地を一回りしてこようなんて肉体思考の者も結構な数がいる。
広大な会社敷地の内周道路(一番外側の、すぐ横にフェンスや塀がある道路)は一周すると約10kmにもなる長い道。
そのためランチ時間も一時間以上ある労働時間となっている。
「心配することはないぞ、新入り。この会社、新しいから業績が低いと思われがちだが、なんのなんの。業界内では会社ができる前から噂になってるくらいのものなんだから。ちなみに、工場勤務か?そうか……自分の造ってる物が、どういう製品なのか、どういう環境で使われるのか、一度、研究所を見学させてもらえ。そうすりゃ、この会社が業界でも画期的な製品の製造販売と業績を挙げつつあると理解できるだろう」
先輩、会社ができる前に以前の会社で体を壊して退社するに至った、いわば人生の先輩……
から忠告と言うかアドバイスが。
「先輩ですか。え?工場勤務のヒラ社員が研究所なんて見学できるんですか?あそこ、物々しすぎて入るどころか近寄るにも躊躇するんですけど」
「心配無用だ。我社は社員の福利厚生に最大限の努力をしている。これは労働時間の短縮や休日の増加だけじゃない、社員の知識レベルを上げるってことも含まれる。何も知らない社員ばかりが集まっても、上から教えられたことばかりを繰り返す有機ロボットと変わりゃしない。人間だったら自分の知識レベルを上げて、もっと働きやすく、もっと効率的にものづくりができる環境にしたほうが良いだろ?ってことで、君の名札をチェックさせてもらって……よし、午後から研究所へ行ってこい!申請は俺がしておいたから、自分の知識レベルを上げてこい」
「は?研究所へ行っただけで知識レベルが上がる?どういうこと?それに、午後の仕事はしなくて良いとか……どうなってんだ、我社は?」
後輩の新人君、半信半疑で午後から研究所へ。
「あのー……先輩に言われて、工場から来ましたぁ」
研究所の受付では、あっさりと通される。
「事前申請されてますので何の問題もありません。突き当りの部屋に入ると、担当者がいますので、そこで午後いっぱい、教育機械にかかってください。ちょうどの時間で業務終了となりますので、今日はそのまま寮へ戻ってくださってかまいません。明日は通常通り、工場へ出てください。あと、定期的に研究所へ来てもらう事となりますので、スケジュールを調整してもらうように、そちらの上司へは、こちらから連絡しておきます」
わけがわからないまま新人君、突き当りの部屋へ。
担当者は、さっそく教育機械の説明に。
「これは、仕事だけじゃない関連知識も含めた総合的な教育情報を憶えさせる画期的装置だ。具体的には、君の基本的知能指数は2割ほど上がる……理想的には目一杯上げたいところなんだが、教育機械には向かない人間ってのも、ごく少数だが存在するんで仕方がない。まあ、今日は仕事の内容と、それについての周辺知識の講義だ。ベッドに寝てりゃ自動的に頭に入るんで、楽っちゃ楽だよ」
え?
そんなものがあるのなら、俺の学生時代は最低の教育環境だったんじゃ……
「ちょっと聞いていいですか?教育機械なんて便利なもの、俺は聞いたことも見たこともありません。画期的すぎて、まだ世の中に出てないものなんですか?研究所の大発明じゃないですか、それって。世間への発表は?」
担当者、ちょっと考えて。
「新人は、同じような事を言うね。学生だった頃が身近だから余計にそう思うのかな?教育機械は、社長のアイデアだよ。とりあえず、社内教育に使うだけらしい。俺も惜しいとは思うけど、社長は社会に混乱を起こすようなことはしたくないんだとさ。それにしても、だよなぁ」
新人君、ようやく自分が入社した会社の異様さに気がついたらしい。
この教育機械ひとつとってみても、世に出せば大ヒット!
特に教育現場の荒廃が酷いというのはメディアニュースでも叫ばれている。
こんな画期的装置、なんで公開しないんだ?
気づいたら教育機械の動作が終了していた。
眠ってしまったらしいが、時計を見れば、もうすぐ終業時間。
「あ、今日はそのまま退社して良いってさ。また後日ね。今度は今日よりレベルの高いものを用意して待ってるよ」
今日よりレベルが高い?
今でさえ、頭が異様に冴え渡ってるような感じがするんだが。
午前中までの俺、何だったんだろう?
まさに白痴状態、何も知らない赤ん坊と同じような状態だったんだなぁ……
と、帰り道を歩きながら、新人くんは考えるのだった。