漢は黙って…… 弐
山での修行はおしまい。
少年が仕留めた熊を修行場へ持って帰ると、そこには中年に近い年だろうと思われる、むさ苦しい格好の男がいた。
いや、むさ苦しいと言っても、服がボロボロとかヒゲボウボウとかの話ではない。
纏う雰囲気が、その服装にマッチしていない。
例えるなら、
「猛毒を持つ生物が人間に擬態している」
ように思われる。
何処からどう見ても、纏う雰囲気が人間のものではない、その男。
少年から出る殺気も、この男と比べれば赤ん坊のようなもの。
比較すると、少年は鞘から抜かれた名刀のような峻烈な殺気、男の纏うものは戦場にて幾百の敵の首を落とした妖刀のようなもの。
「父さん、久しぶりだね。何処へ修行に行ってたの?」
ぼそっと呟くように喋る少年。
小さな声だが意外に通る。
話しかけられた男は、にやりと口を曲げ、
「おう、今回は山を5つばかし越えて、冬山で越冬やってきた。羆のデカイ奴を4頭仕留めて、向こうで熊鍋パーティーやってきたぞ。お前は……ほう、この山の主か。こいつを仕留めるとは、お前も頑張ったようだな」
普通の親子の会話ではない単語が飛び交う。
少年は、黙って熊を捌き始める。
何処から取り出したのか、ナタのようなナイフを器用に使って熊の皮を剥ぎ、骨と肉・腱に分け、骨も砕いて髄を取り出す。
皮を鞣すついでに、脂肪分をこそげとり、髄や腱、肉と一緒に鍋に入れる。
そのままでは臭くて食べられないのだろうが、修行場の一角にある瓶に入っている自家製味噌らしき固まりを一緒に放り込んで、味噌熊鍋を作り始める少年。
「父さん、食べるだろ?」
「ああ、食うぞ」
余分な会話が一切ない。
親子と言うか、格闘家の師弟のような不思議な雰囲気を作りながら、鍋が煮えるのを待つ2人。
肉ばかりじゃ味気なかろうと、男のほうが、
「これも入れろ」
と差し出すギョウジャニンニク及び野草。
熊肉ばかりの鍋に、たっぷりの野草が入り、結構見た目は豪華な鍋が出来上がる。
熊の血抜きは出来ているのだろうが殺したてで臭いはずの肉は、ニンニクと味噌でそれほど臭くなく、たっぷりの野草で美味くできていた。
大きな鍋で、それこそ5,6人前はあったものを、この2人で食べ尽くすと、しばらく無言の対峙が続く。
「待たせたな、太二。降りるぞ、町に行く」
しばらくぶりに会った親子の会話とは思えぬ言葉を、十数分後に発する男。
太二とは、もしかして少年の名前か?
「ああ、分かった。この山じゃ、僕の相手になる奴もいなくなったようだしね。で?どこの道場に喧嘩売るの?それとも、反社会団体を潰すのかい?」
脳筋そのものの物騒なセリフを吐く少年。
「違う……お前の教育、修行の次の段階だ。肉体の修行は充分。次は常識と学問だ」
男は意外な事を言い出す。
この男は、平和な世の中で戦国武将でも作り出すつもりか?
それとも、某世紀末覇者でも養成しているのだろうか?
「修行の次の段階……分かった。頭脳を鍛えるってことだね。基礎は父さんから教えてもらってるけど、学校は久々だな」
「そうだな。それと、気をつけろよ。お前の力じゃ、どうやって手加減しても中学生など雛鳥扱いにしかならん。まあ、それも考慮して学校のほうは選んだつもりなんだがな」
「ふーん、面白そうだね。実用のみの筋肉と技しか身に着けてないから、町で出会うやつが楽しみだよ……」
親子揃って山を降りる。
髪を切り、ヒゲを剃り、ボロボロだった修行着をスーツと学生服に着替えると、それなりに社会人と学生に見える。
ただし、太二くんの体格では、とても中学生に見えない。
すれ違う人すべてが、
「どこの大学応援団かしら?着こなしが上手よね」
などと噂をしている。
父親は、役所へ届けを出して、少年を学校へ通わせることになる。
家も、何処から金銭を都合したのか二階建ての一軒家を用意していた。
「さて、明日から編入する学校だが……お前の肉体状況にあう中学となる。喜べ、特別クラスの進学校だ。力が強くても何にもならない学校だからな、頭の出来が優劣を決める。劣等クラスは厳しいことになるようだから……頑張れよ」
ニヤリと笑う父親に、やられたと思ったが、太二くんは何も言わない。
明日からは、違う意味での戦場……
そう思いながら、久々の柔かいベッドと布団で寝る親子だった。




