男って、つらい生き物です…… 4
小さな日常と常識が崩れ去る……
また次の日。
裏にあるデバイス開発会社の社長、オクトさんが訪ねてくる。
「ティゲル、相談に乗ってくれ……いや、恥ずかしい話だが、いくらかでも貸してくれないか。このままじゃ、倒産だ」
物騒な台詞を聞いたティゲルは、仔細を聞いてみる。
「いやな、最初は自転車操業でも何とか遣り繰りは出来てたんだ。ところが、おめーが戻ってくる前の、あの大不況で、取引先が半分以上、潰れちまってな。事務所兼自宅ってことで経費は最小に抑えてたんだが、材料や機材代にも困っちまって、役所や銀行から会社経費を借りるんでって、裏の事務所と家を担保に借りちまった……先月まではなんとか利息だけでも返してたんだが、この不況と、うちが取引してる大会社が、仕入れや開発を新しい会社に一括しようって話が持ち上がっちまって……このままじゃ、うちも潰れて俺達も社員ともども路頭に迷う。起死回生のアイデアを出してくれとは言わねーが、いくらか貸してもらえねーだろうか……昔なじみに、こんな事言うのは反則だって分かっちゃいるんだがな……この前の、おめーさんの一言に縋ろうと思ったんだよ」
もう、普通の顔色じゃないオクト社長。
ティゲルは、最初は何を言われているのか分からなかったようで……
オクト社長の窮状を理解して、
「社長、いや、オクト。昔なじみだから、最後の最後に俺を頼ってくれたってのが嬉しいよ……まずは、起死回生のアイデアだ。お得意さんを無情に切っちまうつもりの大会社なんて、こっちから縁を切っちまえ!そんなもん頼らなくても、立派にオメーの会社が大企業になれるようにしてやらぁな!」
「お兄ちゃん、またそんな安請け合いして!後で酷いことになるばっかりじゃないの。あたし、知らないわよ!」
フロラは、また昔の調子の良いだけの兄に戻ったと思ったようで。
しかし、生まれ変わったような真剣な顔つきになったティゲルは、とんでもない事を言い出す。
「あのな。絶対に売れる製品のアイデアがあるんだ。ちょいと、このデータチップの中にあるデータ、見てくれ。今回は、オクトのための製品データ……こいつだよ」
ティゲルが表示画面を示したもの……
それは、この都市型宇宙船の中を走りまわる電気自動車、通称Eカーと呼ばれるものの部品だろうパーツ……
いや、パーツにしてはデザインや形が完結しすぎている。
これは?
「ティゲル、こりゃ一体?」
オクト社長の疑問も当然。
それは、大きさ数cmに過ぎない球体だった。
「オクト社長ともあろうお人が、これ見て分からないかね……仕方がない、教えてやろうじゃねーか。こいつはな……個人用の防御フィールド発生機だ」
「「「な、何ぃ!?こんな、超小型の防御フィールド発生機だってぇ?!」」」
オクト社長とおじちゃん、おばちゃんまで声を揃えて驚いている。
それも当然。
この新技術に満ち溢れている都市型宇宙船の内部にある企業、就中都市型宇宙船の故郷の星系だろうと、こんなものが発表されたなどというニュースは聞いたことがない。
だいたい、これだけ超小型化されているなら、Eカーだけじゃなく、あらゆる個人用に作られて大ヒット商品になっていなきゃおかしい。
「おい、ティゲル。わるいこた言わねーから、今からでも自首しろ。うまくすりゃ数年で出て来れるだろ……執行猶予になるかも知れねーぞ」
おじちゃんが、しみじみ言う。
ティゲルのワルガキ時代を知ってる周りの皆は、ウンウンと頷くばかり。
当然、フロラも。
「バカ言っちゃいけねーよ!俺はなぁ、ある一件で生まれ変わったんだよ、文字通りに。まあ、一つだけ秘密を明かすとだ……このデータチップは、貰ったんだよ、さる御方にな」
あまりに信用されないので、腹を立ててティゲルは言い放つ。
本当か?
と、文字にできそうな顔つきでティゲルを見ている4名。
「だいたい、俺にマイクロデバイスの知識なんかねーよ!これを俺にくださった御方は、君の好きなように使うと良い、と言ってたんだ。俺たちの文明のために使うも良し、個人的な用途に使うも良し、人殺しの用途以外に使うのなら、どう使っても構わないと言ってたんだよ、その御方は!」
これが嘘なら、あまりに分かりやすい嘘。
しかし、それゆえ、4人はティゲルが嘘を言ってないと信じる。
もっと、辻褄の合わない嘘を言うのがティゲルの癖だから。
「しかし、ティゲル。こりゃ、うちだろうが他の会社だろうが、どこでも持ち込んだら、一財産どころじゃない金になるんじゃないか?なんで、うちなんて零細企業に?」
オクト社長が、正気を取り戻したらしい。
「そりゃ、俺には使いきれんほどの金があるからな……ちなみに、今の俺の預金通帳だ。残金、見てみな」
おじちゃんに通帳を放り投げるティゲル。
最後の残金の金額を確認して腰を抜かす、おじちゃん。
「あう、あう。ティ、ティゲル!後生だから自首してくれー!」
「あのな、おじちゃん、いい加減にしろよ。まあ、この金も、その御方に貰った、貴金属鉱脈を含んだ小惑星売った金なんだがな。このひろーい宇宙には、金なんかこれっぽっちも興味のない、そして、あらゆる宇宙の、あらゆる生命体を助けることを目標としてる御方が実際にいるんだよ。ちょうどいいや、おい、オクト社長さん。この金で、おめーんところも助けてやる」
言い放ったティゲル。
小さな日常は、段々と崩れ去ろうとしていた……