或る男の、真に稀有な日々 8
貧困底辺層の子供が、どうして革命指導者になり得たのか?
気がついた事が他にもあった。
私、その頃にはシャワーも満足に浴びさせてもらえなくてね。
路上生活者だから仕方ないんだけど、やっぱり自分でも気になるほど汚くて、自分の匂いすら気になるほどだった。
それが、だ。
いつの間にかボロボロだった薄手の服はきちんとしたパジャマに着替えさせられ、ついでに身体の汚れまで綺麗サッパリなくなってた。
寝てる部屋の中が香るんで何か香水でも撒いてるのかと思ったら、違ったよ。
私の身体から香る匂いだったんだ。
ここ、天国?
私は本気で、そう思ったね。
お国の中じゃないって言う「彼」の言葉からも、ここは神様たちの住む世界じゃないかと思ったわけ……
後で分かったけど、これ、あながち間違いじゃなかったんだよ。
「しばらく、そのまま寝ていると良いよ。君、あまりに衰弱しすぎていて何か食べさせようにも受け付けられないことが分かったから、まずは身体を元通りにするんだ。しかし酷いな、これは。君、何日、食べてない?」
「彼」が聞いてきた。
「はい、3日前にパンの耳を少し食べただけで、後は水で空腹をごまかしてました。いつものことですから」
「まぁ!あまりに酷い!大丈夫よ、ここなら数日で身体も元に戻りますからね……って、あなた、いくつ?」
年を聞かれたと分かったので、
「俺、今年で10歳になった。年の割に小さいって、よく言われるよ」
年を聞いてきたお姉さんが言うには、
「いくら何でも小さすぎます!これは根本的に治療すべきです、キャプテン!こんな子供が、痩せ細って背も伸びないほどに食べて無くて……見てられません!」
お姉さん、ライムさんという名前だと後で知ったが憤慨してた。
「彼」は静かに話を聞いてて、
「分かった……じゃあ、この子を使って、あの国の状況を改善させるとしよう。今回、俺達は完全に裏に徹する。ただし使える資材や物は全て使う。そうでもしなきゃ、あの国を劇的に改善させることなんか不可能だ。まずは、この子の体力が回復したら真っ先に必要なのは教育だ。今のうち、プロフェッサーとフロンティアに協力を仰いで、この子専用の教育機械を準備しておいてくれ。最初はゆっくりと基礎の基礎から教えていかないと性急にやりすぎても無理だからな」
私は「彼」が私に対して何かしてくれるのだろうということは分かった。
でも、その頃の私は何も知らなかった。
その恩恵も、その馬鹿げているとしか思えない成果も、そして「彼」が持つ力の、とんでもなさも、ね。
3日後には、ベッドから起きられるようになったよ。
とてつもないと、その時にも思ったね。
あの国じゃ風邪をひいたら一週間以上は外に出られず、高熱にうなされながら残り少ない体力と熱との戦いに負けて死ぬ人だっていたんだから、普通に。
それから流動食から食べることになったんだけど、これが美味かったね!
どういう味付けなのか分からなかったが塩味と甘み、そして後で知ったんだが、旨味!こいつが絶妙だったね。
勢い込んで食べるものだからライムさんに止められたよ。
ゆっくり食べないと駄目です。
まだ体調が万全じゃないんだから、ってね。
一週間もすると自分でも分かるくらい私は太ってきた。
まあ骨と皮ばかりだったのが筋肉と脂肪が少しばかり付いてきたということだけど。
そのころには、しっかりと立って歩くのも平気。
多少は走れるようにもなってきた……
でも、まだまだガリガリの痩せっぽちだから体力が続かなかったね。
一ヶ月後には、しっかりとトレーニングルームでのリハビリテーションプログラムもこなせるようになってた。
今から考えても驚異的。
慢性飢餓状態にあった病人の子供が一ヶ月で体調を万全にし、なおかつ筋力トレーニングすら始められるようになるなんて。
リハビリプログラムを一通りこなしていると「彼」がやってきて私に言うんだ。
「さあ、今日から君の教育が始まるぞ。心配しなくていい、教育機械は完璧な教師となるだろう。君の場合、基礎の基礎から教え込むことになるから多少の時間はかかるが、それでも三ヶ月はかからないと思う。君専用のものだから疲れたと思ったら、そう思うだけで今日の教育は中止となる。まあ、焦らずにやればいいさ」
そう言いながら、どこへ連れて行かれるかと思ったら私の(子供の時だ)背丈と同じくらいのソファみたいな寝椅子があった。
そこへ寝なさいと言うので私はソファのようなものに寝っ転がる。
そしたら耳に聞こえるか聞こえないくらいの小さな音が響いてきて、しばらくすると私は睡魔に襲われ、そのまま寝てしまう。
寝てる間、様々な夢を見た。
あっちでもこっちでも、自分の興味のあることには何でも答えてくれる先生が登場し、私の知らない世界を教えてくれる。
いつの間にか私は夢の中で遊びながら学んでいたんだ。
後から聞いたら、それが教育機械って物の真価らしい。
生徒に対し、できるだけ喜びながら知識を身につける最善の方法だと言ってたな「彼」は。
でもって、こんな感じで私の、実は巨大宇宙船の中での生活が始まったわけだ。
何も知らない頃は、ただただ圧倒されたばかりだったが、3ヶ月も経つと驚きが知的驚異に変わったね。
基礎知識でもあると、どうやったらこんなものの作成が可能なんだろうかと、そっちの驚きになるんだ。




