或る男の、真に稀有な日々 7
だんだんと、思い出話になり……?
未だ私は迷っている。
この原稿、世に出して良いものか?
とりあえず原稿を、ここへ記そう。
これは私個人の秘密記録である。
原稿が、おかしな組織や個人の手に渡り、あるいは改竄される恐れもあるため、原稿のまま記すものとする。
そうですね。
「彼」と私が最初に遭ったのは私が路上生活者をやってた頃です。
おかしいですか?
私が路上生活者だったなんて嘘でしょうと、よく言われますよ、喋り方が学問おさめて世間の常識や上下関係もわきまえてる方だと思ってました、とはよく言われますね。
まあ、それも「彼」のおかげなんですが。
私は、その頃は悲惨な生活してましたよ、ええ、ご想像どおり。
貧しい家に生まれ、働いても働いても全て国家に上納するという理不尽極まりない人生を送る両親に、それこそ馬車馬のごとく、あっちで物を売り、こっちで水くみ、はたまた路上で物乞いするかの、どれかを毎日続けてました。
教育など物心ついたときから受けてませんよ?
学校などというものは金と食い物と住むところに余裕がある者たちが行くところで、とことん貧乏な下級社会の家族に教育なんか、はるか上の上の、それこそ一年に一度、配給で首領様からいただける一口大の小さなケーキよりも上の幻想的なものとしか捉えてませんでした、私は。
とある冬の寒い夜、あまりに食べるものがない我が家で親に、
「何か恵んでもらうか、何かかっぱらってこい!持ってくるまで家に帰るな!」
と言われ、両親にほっぽりだされた私は薄着のまま道端で物乞いしてたんです。
まあ、あまりに寒くて物を盗むような気力も体力も無かったというのが正直なところなんですが……
だんだんと夜も更けて、あたりに人影もまばらとなり、寒さが一層、身にしみて、もう立っていることすらできなくなる寸前で……
倒れる前の薄ぼんやりした意識で目の前に誰か通りかかったのを感じたんです。
もう、自分の命がかかってますからね、あの時には夢中でしたよ。
その人物にこう言ったんです、ええ、今でも憶えてます。
「助けて……もう死にそうなんだ。もう、半分くらい見えなくなってきてる……お願い、助けて!」
必死でしたね、あの時は。
見も知らぬ子供から、こんな事言われて、あなたならどうします?
普通、逃げますよね、こんなの放っておいて……
でも「彼」は違ったんです。
隣りにいる、とても背の高いもう一人の人物に喋りかけ、どうしようかと相談してるみたいでしたね。
私が、もうダメだと思って気力も萎えて雪道に倒れかかると……
私をね、抱えて……
それからしばらく記憶がないんです、私。
どうも寒さと空腹と疲れで倒れてしまったようで……
風邪もひいてたんでしょうかね?
しばらく夢のようなものを見てました。
誰もが空腹を憶えず、誰もが教育を受け、誰もが住みたいところに住む……
そして皆が笑顔で毎日過ごす……
そんな天国のような場所を夢見てたような気がします。
しばらくして私は気がついたんですよ。
自分が夢にも見たことのないようなところで寝ていることに。
私の手には何かの管のようなものが貼り付けてあり、でも、痛くはないんです。
痛くはないけれど、その管を伝って何かが私の身体の中にに入ってきてるのは感じました。
後で「彼」に聞いたら、あれは高圧注射と言って、針もない痛みもない注射という医療器具だと教えてくれました(まあ、その頃には私もある程度の教育を受けてましたけど)
しばらく横になって寝ていると私が起きたことに気がついたんでしょうね。
「彼」と背の高いもう一人がやってきました。
その時に、ようやく私は気づいたんですよ……
ここが私の住んでいた街じゃないってことに。
なぜなら、こんなふかふかなベッドなんて首都に住む最高階層の人たちしか使ってないはずなんですから。
底辺階層の人間が立ち入ってはいけないのが首都なんです。
あの頃は、そういう規則でした。
私は、それを破ってしまったので警察に捕まる恐れがあり、急に怖くなってきました。
「あの、すいません!ごめんなさい!なんでもしますから、このベッドも、すぐに出ますから、お願いです!警邏には突き出さないで下さい!」
私がベッドから出ようとすると「彼」が止めるんです。
「ん?出なくていいよ。君の身体が良くなるまで、ここに居て良いんだ。誰も君を警邏になんか引き渡したりしない……ちなみに、君、ここはもう君の国の中じゃないぞ」
え????
疑問符ばかりの私に、彼は、ここが、この星の大気圏より上、空気もない、いや、それこそ太陽も見えない遥か遠くの宇宙だよと教えてくれたんです。
私は、その頃、宇宙なんてのは絵本の世界か、はたまたラジオでやってるドラマの世界だとしか認識してなかったんですが、街じゃない、首都でもないと言うことで安心して、また寝てしまったんですよ……




