或る男の、真に稀有な日々 3
今回は、街へ取材に出るまでの話。
囚人環境からの解放と、冤罪であったためか補償金という名目で大金が、逮捕されてから凍結されていた口座に振り込まれていた。
それはもう、数年間は何もしなくても良いくらいの大金……
まあ、私が書いた著作からの印税のほうが大きかったんだが(逮捕されて囚人となってからも海外からの印税は口座に振り込まれていた。それが数年分、暮らすだけなら数十年は何もしなくても良いほど)
まあ、そんな事も言ってられない。
無駄に人生を過ごすなど私にとって囚人の時よりも地獄だ。
というわけで私は手のひらを返したように柔軟な姿勢になった大手出版社と契約して今までのデストピア状態だった独裁国家から民主主義に構造転換したともいえる大革命をやらかした(それも無血革命というから驚きだ。以前の独裁者(国家最高会議首領とかいう肩書だったな、あの間抜け男))が無抵抗で、その座を明け渡したとは、どうしても考えられなかった……
が。
「ああ、親衛隊と特別警察隊を総動員して、その日に群衆を踏み潰す計画だったんだとさ、実は」
編集長は、こう話してくれた。
「そうだろう、あの自我だけが膨大に膨れ上がった誇大妄想狂は、それくらいやるだろうね。で、結局は無血革命は成功したんだよね?」
私が確認すると編集長は、
「そうだ。最終会談の席で民衆側の代表を撃ち殺し、戦車と装甲車で民衆を轢き殺すなんて計画だったんだが……不思議なことが起きたんだよ。未だに誰もが、どうしてあんな事になったのかと理由を追求しているくらいだ」
「何が起きたんだ?私は、もうその時には終身刑で金鉱掘りやってたんだから」
「それがな……首領自身が最終通告をする段になって急に発言を変えたんだよ。『私は今まで民衆に対し悪意ばかりを押し付けてきた……今この時、私は潔くこの場から降りて罪を償いたいと思う』これは今でも語り草になってるぞ、あの自意識過剰の豚野郎が初めて語ったマトモな言葉が最後の言葉だったと」
「はぁ?私が無実の罪で捕まった時、警官たちが何と言ったと思う?『動くな!お前を国家侮辱罪で逮捕する!』だぞ?!後で聞いたら、あの糞豚を皮肉った文章が本人の目に止まり、それで怒って私を罪人にしたと聞いたぞ。そんな奴が何故に?」
「今でも理由が分からんのだ。本人にも後で監獄の独房に入ってるところを面会して取材させてもらったんだが憑き物が落ちたみたいな表情になっててな。あの瞬間から何か一枚、べったりと目に張り付いていた厚紙が剥がれたように世の中が輝いて見えるようになったと言っていた。何故、あの瞬間、そうなったかは本人にも分からんそうだ」
聞けば聞くほど何か神がかった介入があったと思わざるを得ない無血革命だったらしい。
それはともかく編集長の指示で私は革命後の街の取材に出ることとなった。
「前体制下で酷い目にあった本人が革命後の街を散策するってのも面白いと思う。特に洗脳までされてしまった過去を持つ者が今の社会を、どう見るか?自分でも面白いと思わないか?」
編集長は好奇の目で見てくるが、
「まあね、作家として面白いものが書けるとは思うよ。だけど、ある程度の日数と取材費は面倒見てくれよ」
安心しろ、バックアップはしてやる!
それから取材という名目の精神的リハビリを目的とした散策旅行が始まった。
しかし、分からない。
あの糞豚の元首領が一瞬にしてマトモな考え方になど方向転換するものだろうか?
人間の心の奥深さとは、とてもじゃないが底なしだなと思わずにはいられなかった……
これから取材だ。
まずは近所をぶらつくとしよう。
前体制では綺麗な町並みではあったが商店など数えるほど。
食料品店も品揃えなど微々たるもの。
この国で主食として食べられている「グリーンバー」という名の、小麦粉に栄養素をこれでもかとブチ込んで焼き固めた、それこそ飲み物がないと一気に口の中の水分を持っていかれる緑色の小さな食べ物……
というか、あれを食べ物と言うと他の食べ物に失礼に当たるか。
あれは「固形食糧」とでも呼ぶべきものだ。
味は……
あの**の餌よりはマシなくらいだったな。
一日三食、あれを食べてた日もあったなぁ、売れない作品ばかり書いてた時は。
薄いスープとグリーンバー。
立派な軍用糧食ではあるし、あれを食べていれば少なくとも栄養失調にはならずにいた。
今、町並みはどうなっているのやら……
私は久々に帰ってきた我が家(刑務所代わりの金鉱から帰ってくるのに丸一日、編集部で契約と詳細を話し合ってたら更にまる一日かかり、実は私、我が家の回りがどうなっているかも見てない)のドアを開け、私は街に出る……




