惑星間航行の日常 あー、暇だなぁ……
ようやく、宇宙ヨットが月軌道通過します。
まだまだ宇宙の旅は続きますよ。
宇宙船ドックより発進してから24時間後……
太陽風からの加速も順調に進み、とりあえずの目標、月がどんどん大きくなってくる。
とりあえず、俺がやるべきことは今はない。
昨日もシステムチェックが終わったら、後は日誌を書いて(口述だから、日誌を録音してが正しい?)終了。
後はコールドスリープカプセルに入れば良いじゃないか、だって?
惑星や衛星の近傍空間では万が一の事態に対して乗務員が対処できる態勢になってなきゃいけないと決められている。
だから普通の睡眠くらいなら良いんだがコールドスリープは冷凍と解凍の手間が掛かり過ぎるからダメなんだと、そういう規則になってる。
貨客船や客船だと乗務員が交代制で起きているため、長距離旅の場合はドックを離れて加速宙域過ぎたら、お客はコールドスリープカプセルに入っても良い事になってるんで恵まれてる。
まあ、人によっちゃ、
「意地でも冷凍睡眠なんて嫌だ!仮死状態になるくらいなら俺は通常のまま暮らす!」
なんてワガママ言う奴もいて特別料金払っても普通の寝る、起きる生活を続ける変人もいる(コールドスリープに入らないと消費される物資の量が一人でも大量になるので特別加算料金がかかる)
あまりにやることがないので、こちらの膨大な発電能力を駆使して通信で時間潰すことにする。
とは言っても秒単位で料金がかかる公的通信じゃなくて、いわゆるアマチュア無線通信だ。
まだまだ月軌道まで到達しないので電波のタイムロスも無視できるくらい。
俺は430Mhz帯と1200Mhz帯と2400Mhz帯を中心にバンド内をサーチしていく。
音声通信やデータ通信のごちゃ混ぜ状態だが、興味がわいた通信にはブレークをかけて、音声通信でもデータ通信でも会話を楽しむことしばし。
こうやって趣味オンリー会話などを楽しんでいると、ちょいと勉強してアマチュア無線免許、とっといて良かったなと思う。
その頃は、まさか宇宙から電波発信するなんて思わなかったけど。
音声の方では、ちょっとしたパイルアップ(次、俺も俺も!と、喋りたい参加者が名乗り出てくること)を受けた俺は、とまどいながらも挨拶とRS59やら47やらと応答しながら、次々とさばいていく。
宇宙が身近になった時代でも宇宙との交信はワクワクするものらしい。
こちらが宇宙船ではなく宇宙ヨットだと分かると相手は、
「大丈夫ですか?事故とか不安になりませんか?」
あるいは、
「凄いですね。冒険ですね!」
などと感想を述べてくる。
まあ、一般的じゃない趣味だから戸惑うのは理解できる。
しばらく会話を楽しんで、とりあえず交信相手が無くなった時間で閉局する。
ちょうど良いくらいの時間が経った。
現在、月軌道を通過するところ。
ここからは帆を完全展開して更に加速しながら、火星軌道を越えてアステロイドベルトの圧縮空間ゲートへ向かう事になる。
もう少ししたら月の近傍空間帯を抜けるので、そこからは楽。
地球の管制宙域を抜けるのは、もう少し先、一番遠い地球圏スペースコロニーの軌道を抜けてから。
地球の管制宙域抜けると、そこから火星までは、ほぼ何もない宇宙空間。
そこからは、初めてのコールドスリープ体験。
とはいうものの、コールドスリープシステムの管理も全て人工頭脳任せだから、俺が体験するのは入った直後、冷凍前の時間と解凍後の時間という事になる。
俺は太陽系ネットニュースを確認しながら俺自身がニュースのネタになっていることに驚く。
ネットニュースの題名いわく、
「大宇宙、ひとりぼっち 現代に現れた冒険者!宇宙ヨットで地球から木星まで!独身中年の挑戦」
煽ってくれること。
どっかで聞いたような題名だしマスゴミってのは何時の時代も変わらない。
そう言えば公的通信の留守録に、そんなような取材依頼が入ってたなぁ……
マスゴミに昔、ちょっと関わって酷い目に遭った過去を持つ俺は、そんな取材なんか知ったこっちゃない。