宇宙を駆ける派遣社員、誕生! その3
ようやく宇宙へ出ます!
さて、ここからは買い出し。
飲料水、食料(レーションのようなブロックタイプの食料)などを買い込み、それでも、できるだけ軽くするように心がける。
まあコールドスリープカプセルがあるんで、そんなに必要ないとは言うものの、それでも緊急用に、ある程度の余分は必要。
登山リュックにいっぱい(ほとんどが飲料水。無菌化してる、宇宙に出たら必須の物)買い込んで、アパートの大家に、これから1年ちょいは仕事で帰れないよと伝える。
大家に、
「完全に仮の宿になっちゃうねぇ、あの部屋。留守番してくれる人、いないのかい?」
などと同情される。
いいんだよ、俺は仕事が好きなんだから。
宇宙へ出たら、それこそ操船と通信くらいしか、やることがないのが実情。
そのために俺は公的なビブリオファイル(図書館の未来形だと思ってくれ)から様々なエンタテインメントや実用書、各惑星のローカルルールを記したものなどをダウンロードしておく。
これで退屈だけはしないですむだろう。
さて、部屋をロックして……
俺は荷物で一杯になったスーツケースとバッグを担いで、タワー行きのロボットカーに乗る。
あ、タワーってのは、いわゆる「軌道エレベータ」のこと。
ロボットカーはステーションを経由してタワーへ向かうコースを取るように少しだけ地面を走ると、そのまま飛行形態になり、ステーションへ向かう。
ステーションってのは圧縮空間理論を応用した、いわゆる「近道」のようなもの。
アステロイドベルトの危険性を回避するために設けられた圧縮空間ゲートの近距離版(まあ、地球上で設置するにはまた別の苦労があったらしいが、それも昔)だ。
ステーションのゲートを利用して、あっという間にタワーの根本へと行けるので少しくらい高価でも人気が高い。
1時間ほどでタワーの入口に到着。
ロボットカーにはステーション利用料金も含めた価格で俺の預金から落とすようにカードで支払う。
タワーに入り、成層圏及び、その上へ上がりたいので手続きを行う。
ここで貨客船や客船の搭乗予約も可能なんだが俺には宇宙へ出る手段があるのでタワー及び宇宙船ドックへ上がるための手続きだけで良い。
タワーの乗降に関しては驚くほどの安い価格で利用可能だ。
これはタワーの建設が終われば維持費用は格安ですむことが原因。
ちなみに地球から月までも、かなり安い価格で往復できる。
重力井戸から高い地点で乗降できるため、エネルギーや資源を、ほとんど使わなくて済むから。
もちろん加速と減速には資源もエネルギーも使うが、地球上から発射・再突入することに比べたら軽いもの。
あ、火星や木星、その他の惑星に行く時には、かなりの高額運賃を取られる。
なにしろ長距離だから、かかる経費が馬鹿にならない。
そろそろ、タワーが上昇モードに移るとアナウンスがあった。
昇降エリアへ移動するか。
これも普通は昇降室とでも言うのだろうが、なにしろ広い!
昔の野球場くらいの広さがあると、幼稚園の社会見学で教わった気がする。
上昇を始めた。
気圧変化を極力抑えているため、体調が悪くなるような奴は、ほとんどいないようだ。
ただし老化や持病などで、どうしても成層圏まで行けない人間も存在する。
そういう場合はサイボーグ化するか、あるいは一生、重力井戸の底で過ごす以外に手はない。
そうなる前に医療用スペースコロニーや月で老後を過ごす人間もいるが。
さて、そんなことを言ってる間にタワーの頂上部へ到着。
ここからは宇宙船ドックへ行く艀に乗り換える。
地球の重力は、あまり作用していないため、ここからは気をつけて歩かないと……
あ、言ってる間に、どっかのガキが地上と同じように走りだそうとして空中へ飛び出しやがった。
係員やガードロボットが、すぐにガキを取り押さえて親に向かって厳重注意している。
レッドカード出されると説諭だけで一時間以上かかってしまい、乗りたい宇宙船に乗れなくなるのに……
バカだね。
注意しながら俺は宇宙船ドック行きの艀へ乗り込む。
座席について、ちょいと待っていると、あのガキを連れた親子が何とか出発時刻に間にあったようで、あわてて、それでも注意しながら飛び込んでくる。
その数秒後、ハッチは閉まり、艀は出発した。
数10分後、宇宙船ドックへ着いた艀はドックに速度を同期させ、ドッキング操作を行う。
また10数分後、ようやくドッキングハッチから俺達は移動し宇宙船ドックへと入る。
俺は他の乗客たちから離れて宇宙ヨットの専用保管庫へ向かう。
保管庫へ到着すると俺の免許証とカードを見せて本人確認のために網膜パターンを照合し、ようやく保管庫の鍵を渡される。
俺の宇宙ヨット、久しぶりだけど、これから長い時間を過ごす相棒だ。
俺は保管庫のロックを開けてヨットをドック内部に押し出す。
自動的にヨット本体がドックに支持されて乗降可能な状態になる。
さすがに、ここで帆は展開できない。いまだ折りたたまれたまま。
俺は保管庫の鍵を管理人に返すと、さっそくヨットに乗り込む。
まずは最終チェックだ。
人工頭脳を起動させ、各部のチェックを開始。
ずいぶん乗ってなかったからな。
あちこちサビ……
なんか浮くような環境じゃないか、宇宙空間なんだから。
保管状態が良かったのか、それとも改造作業時にメンテしてくれたのか異常箇所は見つからなかった。
俺は宇宙ヨットの発進を管制に連絡する。
様々な宇宙船が発着する宇宙船ドックでは発進も自由には出来ない。
30分ほど待たされる。
その間に食料や飲料水、その他を邪魔にならないようにヨット内に配置・整理する。
やはり広くなった居住区は良い。
およそ昔の居住区の広さで言うと三畳ほどだが一人なら広々だ。
本当は四畳半くらいなのだが、あとのスペースはコールドスリープ装置が専有している。
ま、これもスペースの一つと言えば言えるから。
俺も入るし。
余った時間を改造ヨットのマニュアル読むのに使う。
こいつに命を賭けるんだ、熟読しといて損はない。
ビーッという音と共に管制から発進時間だ、との連絡が入る。
俺は、お礼を言いつつ(相手はロボット。お礼など言う必要もないが)発進準備に入る。
時間になるとカタパルトでドックから押し出される。
管制が帆を展開する宙域を指定してくるので、そこへ行くまでは一定速度で進むしか無い。
しばらくすると展開可能宙域に入ったと管制から連絡。
了解、と返事を返し、人工頭脳に帆を展開しろと命令。
ブワッと広がった帆の広大さに自分で驚く。
そう言えば改造時に俺が自分で帆を広くしろと注文したんだっけ。
しかし、こいつは凄い!
4人乗りと同じ帆にしてくれとは言ったが、こいつは、そんな代物じゃない。
堂々たるクルーザータイプの宇宙ヨットの物としか考えられない。
俺一人が使用する宇宙ヨットに、こんなもの着けたらオーバースペックで制御不可能になるものだが、そこは超高性能の人工頭脳。
オーバースペック同士で制御もスムーズに行っている。
加速は良いだろうが減速時はどうするのかって?
確かに、この帆の加速は半端じゃないだろう。
しかし減速にも手はある。
一つ、到着予定の惑星や衛星から、レーザーでストッピングエネルギーを送ってもらうこと。
もう一つ、自分のエネルギーで減速する。
俺の宇宙ヨットの場合、どちらも可能。
でかい帆だから発電量も尋常じゃない。
そいつを姿勢制御用のロケットに使い、吹かす材料は大量に積んできた「水」を使えばいい。
まあ、木星域に近づいたら、どっかからレーザーでヨットを止めてもらうつもりだが……
あそこはエネルギーだけは余ってるらしい。
俺は、ぐんぐん加速されていく(まだ身体には感じないが)宇宙ヨットに身を任せながら圧縮空間ゲートに向かって進路を取った。
管制に、木星系へ向かうと告げると、
「良い太陽風を」
と言われた。
ははは、遥か昔の大航海時代のようだ。