宇宙に偶然はない。出会うも必然、出会わなくとも必然だ。
とりあえず、まあ、儀式のようなものだと思って下さい、今回の話は。
この話の次か、その次くらいで太陽系を去ることになります。
「ここ、どこだ?」
俺のつぶやきに、どこからか音声メッセージが応える。
「ここは宇宙船の中。医療室です。身体に異常は見られませんでしたが意識が戻らなかったため、こちらへ運んで経過観察となりました」
ああ、医療室か……
って!?
「もしかして、ここは木星のメタンの海に沈んでいた古代宇宙船の中?」
「はい、あなたに見つけていただき、救ってもらった宇宙船です」
「そうか……えらく大きいな。メタンの海に沈んでいた時よりも大きいような感じを受けるんだが?」
「はい、その通りです。元来、今の大きさよりも大きかったのですが、この惑星、木星と言う名でしたか、ここに沈んでしまいエネルギーに事欠くようになってしまいましたので緊急事態で船体そのものをエネルギーに変えていたのです。効率は最悪でしたから、あそこまで小さくなってしまいました。今は木星のメタンを吸収して船体拡張中ですが、あと10万年くらい沈んでいたら中枢部だけで緊急浮上しなきゃいけない事態になっていたと予想されます」
あ、中枢部だけなら自分でもなんとか浮上できないことはなかったんだね。
まあ、そうなったらなったで、ちょいと厄介なことになってたような気はするが。
「で?俺を宇宙ヨットごと飲み込んでくれたわけだがヨットはどうした?」
「ちゃんと格納庫に保管してますよ。ドッキングベイも規格が合わないので仕方なく、こちらが収納する形になりました」
あ、そうでしたそうでした。
異文明の産物が地球の規格なんか知るわけがないよな。
まあよかった。
「お目覚めになられましたら、どうぞコントロールルームまで、お越し下さい。我々のボスがお待ちです」
お、そうだな。
「彼が待っているわけか。急いでいくよ。案内は?」
「部屋を出ますと矢印が表示されます。その通りにお進み下さい」
シュッ!
と自動ドアが開くと通路に矢印表示が浮かび上がる。
その通りに進んでいくとコントロールルームだろうと予想されるドアに突き当たる。
中に入る。
「ようこそ地球人の恩人よ。私は、この宇宙船の頭脳体、?&%$と申します」
あ、人類には発音不可能な名前ね。
「君の名前は理解できなかった。俺の名は楠見 糺だ。よろしく」
「失礼しました。地球人には発音不能の名前ですので出来れば、あなたの好きなように名前をつけていただきたい」
「ああ、良いよ。では、フロンティアなんてのはどうだ?未踏の開拓地とか開拓者という意味だ」
「いいですね、では、これから私のことは「フロンティア」とお呼びください、新しいマスターよ」
「おい?!いつから俺が、君、と言うか、この宇宙船の主人になった?!そんな話、何も聞いてないし承諾もしてないだろ?!」
「おや?データや知識が欲しいと言われたのはマスターです。マスター権限がなければ、この船に蓄えられた、およそ300万年分の知識や様々な銀河、恒星、惑星や生命体のデータ等は閲覧もコピーも不可能です。それに、さっき貴方はこの船を命名しました。立派にマスターと認識されてますよ。もう生体認証も済んでいますから」
おーい!
当人の了解も得ないで何をやってくれてんだ、おい。
まあ、でもな。
昔のビブリオファイルで見たSF宇宙ドラマ。
こんな宇宙船を駆って無限の大宇宙を縦横無尽に駆け巡るってのが夢ではあったんだよな。
無限に広がる大宇宙……とか、
宇宙、それは人類に残された最後の開拓地である、とか……
えーい!
ここは腹をくくるしかないってか。
こんな降って湧いたようなチャンス!
掴まなくて、どうするんだよ、俺?!
「よし分かった。俺はマスターとなる。では早速、この船の乗員リストと、詳細な積荷リスト、様々な星図やデータの管理状況とが知りたい」
「はい、マスター。了解しました。しかし、この船に乗員はいませんよ?いわゆる生命体という意味ですと」
「は?乗客がいないのは理解できるが乗員がいない?そりゃ、どういう事だ?」
「文字通りの意味です。これは銀河団調査用に造られた特別製のロボット宇宙船なので生命体用治療室は用意されてはいますが乗組員としての生命体は存在しておりませんでした。マスターが乗船される前には」
「はあ、銀河団調査船……それはまた気の長い話だね。この船を作った文明は、よほど気の長い生命体だったんだろうね」
「はい、ケイ素生命体でしたからね。個人の寿命としては数千万年から数億年。あまりに高熱ですと死亡しますが、宇宙空間や1000度以下の熱量でしたら支障なく行動可能な種族です。まあ、タンパク質を起源とするマスターのような種族からすると生命体とは思えないほど動きに差がありますが。だいたい、速度差は一万倍になりますかね」
うわ!
岩石生命体の文明が作った宇宙船かよ。
そりゃ、恒星系とか銀河内部の探査なんか考えんはずだ。
「ケイ素生命の文明が造ったにしては、これは俺達のようなタンパク質生命体に適してる構造になってるんだが。どういう事だ?」
「それは、この宇宙船の基礎設計図を作成したのがタンパク質生命体だからだと思われます。ケイ素生命では設計するにも数万年単位で時間がかかりますからね」
「あ、そういうことね。俺達がCADやCAIを使うような感じで、彼らからすると、あっという間に宇宙船の基礎設計ができるようなものなんだろうな」
「まあ、乗員のことを考えないとは言っても救助等は機会があるでしょうからということです。ケイ素生命の文明は非常に珍しいようで今まで私も別のケイ素生命体の文明には出会っていません。今まで300万年探査してきましたが機械生命体の文明やタンパク質生命体の文明ばかりでした」
おおお!
その言葉、太陽系の人類全てに聞かせてやりたい!
大宇宙はな、生命に満ち溢れているんだぞぉ!
その後、色々と話し合った結果、まずは太陽系文明のことを知ってもらおうと放送波の受信を促す。あとは俺の宇宙ヨットに搭載されている人工頭脳、プロフェッサーとのデータ交換を許可する。
後は……
まあフロンティアが地球と太陽系文明の事を詳しく知ってからでいいか。
腹が減ってきたので宇宙ヨットに積まれている食料を食べようとしたのだがフロンティアが宣言してくる。
「マスター、そんなジャンクフード食べなくても、こちらで食料や糖分は摂取できます。味覚も現在の放送波受信でレパートリーは確実に増えつつありますから、こちらの船内で食事をお召し上がり下さい」
ケイ素文明の宇宙船だから石の塊でも昼飯に出てくるかと思いきや美味そうなカツ丼が出てきた。
おいおい、こりゃ地球以外じゃ火星の高級リゾートホテルで食えるかどうかって味だ。
ってなわけで、木星から持ってきた糖分や食料はフロンティアにて元素に戻されることとなった。
無駄にはしないのが宇宙で生きる鉄則だ。
今からでも太陽系を離れることは可能らしいがフロンティア自身が地球の文化に興味が出てきたので、しばらくは太陽系に留まると言ってきた。
どうも今までの文明探査業務で、こんな極端な個性を爆発させたような文明は無かったと言われたよ。
喜んでいいのか、これ?
20世紀なんて大昔から存在するインターネット技術もフロンティアに言わせるなら、もっと昔から存在してていてもおかしくない技術なのだそうだが太陽系では、その使い方が変わっているらしい。
通常、ある程度の規制をかけつつ、市民や政府、軍の3つのコミュニケーションをとり、または簡単な地域コミュニケーションの手段として争いの解決やトラブル解消に使われるのが普通なんだそうだ。
太陽系文明のように、こんなグローバルネットワークに規制もかけずデータのセキュリティすら考えないものが、そこらへんに放ってあるようなものは見たことが無いようだ。
それでいて無政府状態にもならず、かと言って争いも無くならず……
この文明が何を目指しているのか当方には理解不能です、と結論づけられてしまった。
文明の当事者の1人として答える言葉など、あるわけない。
その混沌そのものが人類の文明を発展させてきたようなもんだ。
あらゆるレーダーや探査手段を無効化するステルス技術を持つフロンティアは興味の最大対象、地球へ向かい、情報収集を続けた。
月軌道どころかスペースコロニーの軌道にまで近いとこに俺達の船はいる。
こちらから、たくさんの客船や貨客船、貨物船がコロニーやら月やら地球への軌道エレベータステーションまで雑多な混雑状態で行き交っている。
このまま、しばらくは情報収集だ。




