クリスマス特別編 まさかのお話 そのいち
これは、IFのお話。
もし、巨大宇宙船が木星の海に沈むこと無く、地球人との邂逅がなかったら?
これは、そんなお話。
まさかの、その1
この状況、どこで、どう間違って、こうなったのか?
まあ、ここで愚痴ってもしかたがない。
俺が、ここを持ちこたえられなきゃ、太陽系は得体の知れない異星人に占領されちまう……
あれは、そう、俺が木星へ宇宙ヨットで出張に行った時のこと……
木星の開拓団がトラブル続きで困っていたところへ、俺が到着した。
トラブルの原因は、サボタージュ。
とは言え、今の太陽系統一政府に反抗するような人間など、いるわけがない。
これでも太陽系統一政府は長い人類の歴史の中でも最良にして最善の政府である。
最初は、過去の政府において甘い汁を吸っていた寄生虫共の反抗もあったようだが、そんなものは太陽系人類の圧倒的な支持と信頼、そして軍備、特にエスパー、サイボーグ、超天才の三柱に支えられた軍事作戦の圧倒的成功により消え去る。
その、消え去ったはずのゲリラの生き残りでもいるのか?
と、最初は俺も疑った。
しかし、それは杞憂だった……
ゲリラの仕業であってくれたほうが、よほど良いという結果にはなったが……
現場へ行き、書類を精査し、現場の声を聞き、また書類を精査する……
トラブルは根が深そうだった。
俺は、たまたまセンサーが捉えた、ある磁気異常のポイントに興味を持った。
そこが中心と仮定すると、このサボタージュの勢力範囲が円の形になると気付いた為だ。
俺は、そのポイントへ向かった……
ポイントには到着したが当然、メタンの海が広がるばかり。
俺はメタンの海へ飛び込む決意をし、木星開拓団本部へ連絡してから、メタンの深海目指して特製探検船を海へ沈める。
磁気異常をもたらしている物?
は、このポイントの海底にあるようだ。
俺は探検船を慎重に深海へ向かって沈めていく。
まだまだ長距離センサーも目的物を捉えられない。
もしかして、ごくごく小さいものなのだろうか?
しかし、そんなミニサイズのものが、こんな磁気異常をもたらせるとは思えないし、サボタージュの原因となるような力場も作れないだろうが……
おっと!
木星特有のメタン海の大渦が付近を通ったようだ。
特製の探検船で大抵の木星現象は持ちこたえられるが、あの大渦だけは。
船は大丈夫でも、巻き込まれたら抜け出すのに苦労しそうだからな。
ずいぶんと深く潜ったが、未だに物が発見できない。
もしかしたら、海底のメタン堆積物の中に埋もれてしまったのか?
そうであるなら、発見は困難となる。
慎重にセンサーを短距離から近距離、付近、と絞りながら探索する。
見つけたようだ。
探検船の真下で反応あり。
やはり、メタン堆積物の中に埋もれているようだ。
マジックハンドを伸ばし、慎重に堆積物を取り除いていく。
50cmも掘っただろうか、金属反応がある。
爆発物かも知れないので慎重に掘り起こし、小さな金属キューブを取り出す。
ありとあらゆる検査を、できるもの全て船外にて行うが、爆発物では無いようで。
一応、この発見、木星開拓団へ報告しておく。
団長いわく、
「本部へ持ち帰ってくれ。現場での詳細調査は無理だろう」
そう、指示を受けたので、この小さな金属キューブ、持ち帰ることにする。
俺の勘ではあるが、サボタージュ騒動は、これで終了するだろう。
木星開拓団の本部へ帰投する。
探検船を返し、団長室へ。
「失礼します、開拓団長。トラブル対策で地球から出張してきました、楠見 糺です。メタンの海底で見つけたものを持ってきました」
返事があったので入室する。
団長は新しい発見を喜んでくれる。
俺は個人的な意見であると前置きしながらも、このサボタージュ事件、これが動作停止すれば無くなるでしょうと意見しておく。
「動作停止と君は言うが、これ、動いているのか?そもそも動力や放射機関、放射しているフォースフィールドの種類も分からんだろう。それに……これ、どうやって分解するんだ?ネジも何もない固体としか思えない正六面体のキューブだろう」
「それは私にも分かりません。木星のメタンの深海の底に、ずいぶん長く埋まってたようで掘り出すのに苦労しましたよ。しかし、こいつが磁気異常とサボタージュに関係しているのは間違いありませんね。長く、この物体を見つめていると頭痛がします」
団長は根を詰めすぎて疲れがたまっているんだろう、ゆっくりと休みなさい、と言ってくれる。
俺は、それに感謝しながら、くれぐれも短気にはやってキューブを破壊したりしないようにと忠告する。
人類の知らない未知の生命体の遺産、あるいは太古に木星にやって来た異星人の落とし物かもしれないので調査は徹底的にやるべきだが、破壊したり、一面を剥がして中を確認するなどの行為は止めたほうがいいですよ、とアドバイスしておく。
団長室を辞して、医務室へ。
あのキューブと接していると、本当に頭痛がしてくる。
頭痛薬を貰って飲み、ついでに食料を大量に買い込む。
なぜかって?
今からやることがあるからさ。
食料のついでに、糖分も大量に買う。
もうわかったかな?
そう、今から俺は脳領域を最大限に開放しようとしてるんだ。
今の状態では、脳領域を10%も開放していない。
やろうと思えば俺は脳領域を90%以上、活性化して開放できる。
ただし、脳のエネルギー消費が半端じゃないので普通はやらない。
なぜ、今やろうとしてるかって?
虫の知らせってやつかな?
何か良くないことが起きる予感が、ビンビンするんだよ、頭痛と共にね。
俺の仕事ぶりが轟いているのか、ここ、木星での俺の住居は、なんと広めの個室!
ワンルームじゃんか、とか言うなよ。
開発、開拓中の惑星や衛星で個室を持てるなんてのは、よほどのエリート扱いなんだぞ。
どっさりと買い込んできた糖分中心の食料群を、俺は自分の回りに広げ、おもむろに食べ始める。
それと同時に脳領域の開放を、徐々に現状より広げていく。
うむ、理解力と推理力、そして想像力が見る間に広がっていく。
ピン!
回答が閃く。
今のままでは危険だ!
俺がオブザーバーでいなきゃダメだ!
俺は走りだす。
両手に水ようかんと、ういろうを持って。
多分、俺の走りはオリンピック選手より速かったと思う。
適正なフォーム、適正な力加減、適正な蹴り足と、おまけに超天才の脳が組み合わさって、人間の出せるスピードを遥かに上回っていたと思う。
あっという間に調査班の部屋の前。
挨拶もそこそこに、俺は、
「木星の海底で発見されたキューブ、どこにありますか?危険です!」
あっち……と、俺のいつにないマジな発言と顔色で、大変な事態になったと思ったのだろう職員さんの指先にある扉へ直行!
指示も無しにドアを開け、中へと入る。
「君、今は大事な作業中だ。危ないから外へ行きなさい」
との班長の指示も耳に入らぬ俺は、今、まさにキューブに対して照射されようとしている切断用レーザーをサイコキネシスで曲げる。
ついでに電源ケーブルを切断しておく。
「おい!いくら発見者だろうが、我々の調査の邪魔をするなど……」
問答無用!
サイコキネシスの見えぬパンチを浴びせて、レーザーを発射しようとしたエンジニアを昏倒させる。
「ふぅ……危ないところだった。皆さん、私が団長にアドバイスした言葉、聞いてますよね?破壊したり、一面を切って中を確認する事のないように、とアドバイスしたはずです。それを皆さんは無視した。危うく、こいつの警報装置に引っかかるところでしたよ」
ひと安心したので、俺は調査班に説明を行う。
「まず、この代物が木星の海底に置かれた事自体が一種の罠です。これを発見できる文明や生命体は、かなりの技術力を持っていると断定できるでしょう。そして、キューブを破壊したり一部でも切断したりすれば、そこで最終警報が轟く事になります。なぜか?こいつは通常の手段での破壊や切断は出来そうもないですからね。そうなるとレーザーやメーザーなどの超高熱デバイスを持つ文明だと言うことになるからですよ」
俺の説明に納得行って無さそうなリーダーが尋ねてくる。
「で?君は、どうやってこいつを無力化できると思うんだ?君の言う通り、レーザーやメーザー以外の手段では、この代物には手が出ない。X線すら通さんのだ、何でできているかも分からないんだ」
その質問には、こう答えるしか無い。
「恐らくですが技術的手段で、こいつをどうにかした場合、こいつの持ち主が戻ってきて最悪、太陽系人類はリセットされますよ……こいつを無力化する方法は、ただひとつ。恐らくですが99%以上の確率で間違いなく精神的なものでしょう」
「精神的なもの?どういう意味かね?」
「言葉通りです。テレパシーやサイコキネシスなど、そういったESPのエネルギーで止まると確信します」
俺の言葉で調査班に団長が加わり、皆の見ている前で俺がキューブの無力化作業を行う事になった。
「始めてくれ」
団長の言葉で、俺はまず、テレパシー波でキューブへ停止命令を発する。
しばらく待つが何も変化は起きない。
次にサイコキネシスを用いて、キューブの中にあるだろうエネルギー発生器を無力化しようとする。
サイコキネシスの細い針のようなイメージを用いて、エネルギーの供給点を探っていく……
と、微妙ではあるが中心部にエネルギーの差があるポイントを発見!
他にも無いかと探るが、見当たらないので、そのポイントを接合点らしきところで剥がす。
ビンゴだったようで接合点を剥がしたところで頭痛がおさまる。
「無力化、完了です。あとは切断しようが破壊しようが、お好きにどうぞ」
俺がエスパー、それも宇宙軍レベルじゃないことが知られてしまったな……
しかし宇宙戦争の引き金を引くよりはマシだ、そう思っていた。
あの時はキューブが無力化されて、それを感知する別のセンサーが、まさか木星外の宇宙空間にあろうとは俺も予想していなかったんだよ。
地球人の超天才よりも宇宙人の文明のほうが用心深くて賢かったわけだよな、つまり。
俺は、まんまと騙されたわけだ。
まさかの次回へ続く……




