さんかく座銀河の一角で その五 その後も含むよ
最終話です。
もう少し、閑話で別の話をするか、本編にするか……
え?閑話も本編も、長さを別にすれば同じようなものだって?
うぐっ、否定できない……
レースも終盤戦。
フロンティアクルーは影で暗躍しているフロンティア本体も含めて緊張感は無いのだが、こちらは違った。
「うぬぬぬぬ……こ、この2番手にピッタリくっついて来る邪魔なカスタム宇宙艇、何とかならんのか?!」
こちら、このレースの首謀者というか闇の暴力組織の元締めというか詐欺で教会を騙してくれた悪人というか……
まあ、そんな方たちである。
彼らが安心してレースを見ていられないわけは、トップのカスタム宇宙船に対し、どんな策謀や罠を使ってもピッタリと後ろにいるフロンティアのカスタム宇宙艇のせい。
「去年はブッチギリでの優勝だったのに何故か、こんな、どこの馬の骨とも知れぬド新人が乗る、それも、いかにも改造しましたって跡が残るような下手くそな出来のカスタム宇宙艇でエントリーしてきたガキ共に、こんな肉薄されるんだ?!おかしいだろう絶対!お前ら、もしかして、あの宇宙船の改造費、どこかでちょろまかして自分の財布に入れたか?そうでもなきゃ、こんな馬鹿なレースになるわきゃ無いだろうがよっ?!」
親分の一人に理不尽な怒りを叩きつけられる子分その一。
親分の飲んでいたアルコール度数の高い飲料を突然、顔にぶっかけられて目が痛いが、ここで逆らえば親分の怒りが更に増す。
「へい、すいません、ふがいない出来で。しかし改造担当の奴の話では今までに見た事も無いような高価な素材と機材を使わせてもらって自分の理想の改造が出来たって言う事でしたが……」
「自分が満足したって結果がこれじゃ金をドブに捨てたようなもんだろうがよ!違うか?!おめぇが、この星でも有数のレース用宇宙船改造エンジニアだって推薦するから、わざわざ組の資金を引っ張り出して高い改造費も出したんだ。それが、この結果じゃダメなんだよダメ!もし、このレースで優勝できなかったら、お前だけじゃない、この組そのものが無くなるぞ。なにしろ、こっちの掛け金は全部、あの改造宇宙船に掛けとるんだ。その金がパーになり、他の宇宙船がトップでゴールした日にゃ……この組そのものが、この星の暴力組織全ての攻撃目標となるだろうよ」
最後の台詞には言った親分も言われた子分も一筋の汗が流れる……
冷や汗だ。
こいつらは他人の命など気にもしないが自分の命がかかると途端に臆病になる人種だ。
だから、まさに「自分の命すら掛かった宇宙船レース」に、これほど関心があるのだった。
うん、いい位置につけている。
トップに噛ませ犬氏のカスタム宇宙船が、リアロケットエンジンに問題を抱えたまま直後につけている俺達の宇宙艇のせいでロケット噴射を小さくすることも出来ず、ロケットエンジンカバーに無理を蓄積させながらも、全力噴射を続けている。
俺達?
俺達は、そろそろゴールの準備を……あ、俺じゃなくてエッタとライムだよ。
2人共、いくら何でも、このノーマルスーツ姿じゃ、あまりに身体のラインが出て、どーのこーのと……
で、結局は、お着替えモードとなり自室へ引っ込んでしまった。
俺?
俺はプロフェッサーと同じくノーマルスーツ姿さ。
男は車だったらレーシングスーツ、仕事だったらツナギか作業着、農家だったら野良着か作務衣!
さて、レースも残りは数光時。
跳躍するほどの距離じゃないので後は推進剤とロケットエンジンの性能が物を言う世界だ。
じゃあ、少しだけどトップのケツをつついてやろう。
これでリアロケットエンジンカバーが寿命になる時間が早まる。
「プロフェッサー、ちょいと後部ロケットを吹かしてやれ。追い抜くなよ。並ぶか少し後ろくらいにするんだぞ。そうすりゃ、自滅するからな」
「アイアイサー、我が主。それにしても意地が悪いですね。フィールドエンジン全開にすれば簡単に抜けるじゃないですか」
「ふっふっふ、悪は根こそぎ叩き潰さないとな。こうすりゃ、まだ勝ち目があると思ってくれるだろ?そこで絶望に叩き落とす」
「いつもはフロンティアのことを腹黒いとか言ってるくせに、いざ自分が企む時は相手を地獄の底に真っ逆さまに叩き落とすんですから……いいコンビだと思いますよ」
「なにか言ったか?」
「いーえ、なんにも。独り言です」
今はフィールドエンジンは6割くらいしか稼働させていない。
あまりに慣性を消すと搭載艇の動きに違和感が生じるためだ。
プロフェッサーが後部ロケットの推進レバーを数ノッチ上げる。
少し背中を押されたような感覚がしてカスタム搭載艇が加速される。
トップに、じわじわとだが迫っていく。
噛ませ犬氏のカスタム宇宙船は負けじとばかり、こちらも推進レバーを最大値に入れる。
あ、やっぱりリアロケットエンジンカバーが白熱化してきてる。
ゴールまで保たせようと思ったら推進レバーを下げれば良いんだろうが、すぐ横に俺達がいるので、それは出来ない。
エンジンカバーが吹き飛んでロケットエンジン本体がショックで吹き飛ぶ時間が少しでも伸びるのを奴らは神に祈っているんだろうな……
無駄だけど。
もう、ゴールまで数光分しかない。
俺達のカスタム宇宙艇は、じわじわと噛ませ犬氏を追い上げている。
もう船体の半分もリードはない。
俺は最後の指令を伝える。
「プロフェッサー、フィールドエンジンの出力を70%に。そして後部ロケットエンジンを最大出力に入れろ!」
「アイアイサー、我が主。フィールドエンジン出力70%、後部ロケットエンジン最大出力!」
ガクン!と背中を蹴飛ばされるような加速力、カスタム搭載艇はものすごい速度で噛ませ犬氏のカスタム宇宙船をぶち抜く!
こちらの爆発的な加速力についていけない噛ませ犬氏。
そろそろかな?
と思ったら。
バキッ!
と音が聞こえるようなヒビがリアロケットエンジンカバーに入り、次の瞬間!
ピカ!
チュドーン!
モクモクモク……
と、涙を流す骸骨が煙で表現されそうな状況で噛ませ犬氏のカスタム宇宙船のリアロケットエンジンが誘爆し、あっという間に一定速航行になってしまう(ロケットエンジンが無くなった状態でも今までの速度は維持される、宇宙空間って奴は)
一気に加速度が無くなった噛ませ犬氏の宇宙船は、それでも健気にゴールを目指す。
俺達?
とっくにゴールしてます。
トップで。
未だに2位がゴールしてきません。
数分後、ようやくセカンドグループから抜けだした宇宙船が2位に入った。
噛ませ犬氏、まだゴールしてません。
次々と抜かれてます。
結局、ビリじゃなかったが10位ギリギリにゴールインした噛ませ犬氏。
最後の最後に大逆転された末、自分の不注意でリアロケットエンジンまで全て無くなり、宇宙船そのものにも深刻な歪が発生とのこと。
フロンティアの暗躍は、まだ続く。
噛ませ犬氏の行動を全て記録したデータチップと、レース妨害に加担した一味を全て捕獲してパラライザーで気絶させた与圧室が、そのまま星系中央警察の前に置かれていた。
即座に行動に移った警察と検察が今までにないほどの手柄と名誉を手に入れたことは言うまでもない。
まあ、それはともかくとして。
俺達は今、お母さんことシスターと一緒に、闇の暴力組織の本部事務所にいる。
あくまで、ここは表面的にはカタギの事務所となっている。
「さて、シスターが来られたということは、この本部事務所の買い戻しの件ですかな?」
社長、というか、まあ親分だな。
「はい、こちらに必要な金額は持ってきております。これで教会の土地と建物は買い戻させていただきます」
シスター、強いねー。
さすが孤児たちのお母さんだ。
女は弱し、されど母は強し!
「そちらも、今回のレースで大損してるんだから、この金は欲しいんでしょ?だったら、正式に取引しようじゃないの」
そう言いながら俺とプロフェッサーがシスターの横に立つ。
まあ、俺のサイコキネシスを全開にしたら、このビル潰せるだろうけど、そこまで派手なことはやらない。
でも、こんな三下相手だったらテレパシーだけで偏頭痛起こさせて暴力沙汰は避けられるだろうが。
「まあ、こちらも金が欲しいのは本当だ。こちらに権利書がある。確認してくれ」
おっ?
あっさり交渉に入るか。
金策がピンチってのは本当だったのね。
「じゃあ、このトランクに必要額の現金が入ってる。そっちで確認してくれ。双方が納得したら契約完了だ」
フロンティアにテレパシーで書類の内容と真贋を確認させる。
間違いありませんと返ってきた。
返事が早い。
「確認した。この契約書では一週間以内に撤去することになっているな。約束は守ってもらう」
「ああ、こちらも金額を確認した。一週間で我々は引き上げる」
その返事は想定済み。
「その引き上げには居住者も含まれるんだよな?そちらの手のものが住んでるのは契約違反だぞ」
再度の確認。
「くっ、見ぬかれてたか。仕方がない、このビルも土地も放棄する。居残り戦術は使わないから安心しろ」
さて、これで教会も子供たちもシスターも安心して暮らせるようになる。
その後、全ての居住者と会社組織が撤去した高層ビルには1階に孤児たちの住居とシスターたち教会職員の事務所と住居。
2階から上はボランティア団体や会社福祉事務所などが入り、段々と賑わってくるようになった。
ビルから去った暴力団体、どうなったかって?
フロンティアの暗躍によって、いつの間にか2重帳簿が白日のもとに晒され、隠されたはずの詐欺や脅し、ちょっとした暴力沙汰などの軽いはずの事件も、もみ消し出来ない状況にされてしまい、にっちもさっちも行かない状況になり官憲の手入れを受けて一気に壊滅!
ずいぶんと遅れてしまったが、教会への過去の詐欺事件も表沙汰となり、資金の大半が裏金として保管されていたことが分かったため、教会に返還されることとなる。
「お金が還ってくるのね。じゃ、あの発明家の方達へ、お借りしたお金、返さなきゃ」
忙しい毎日を過ごしながら元シスター、現在は、この星での教会の女性枢機卿も間近だと言われる女性は発明家と連絡をとろうとした。
しかし、その家のあった場所は、もう使われていない更地になっているとのこと。
そこに住んでいた小金持ちの発明家は何処かに引っ越したとのことだが、連絡先は全くわからないと政府の役人が語る。
「まるで、この星から消えてしまったようです。飛行機にも鉄道にも道路の様々な箇所に設置されたカメラにまで一切、姿が写ってないんですよ。いくら宇宙時代とは言え宇宙空港に行くにも航空機か車を使わないと……まるで存在すら消えてしまったようですな」
この言葉を聞いて元シスターは、こう呟いたという……
「神のなさることに人は関われませんわ。あの方達は本当に神の使いだったのかも……」
今日も宇宙は平和である。
人々に都市伝説を残しながらも、フロンティアは今日も宇宙を跳ぶ……




