惑星間航行の日常 5人と1人
主人公が火星管制宙域を脱して再び冷凍睡眠に入る直前までの話です。
素直になった人工頭脳と主人公の会話が主となります。
まだ、もう少し火星管制宙域を脱するまで余裕がある。
ここは人工頭脳と徹底的に話し合っておこう。
「プロフェッサー、これからの行動計画を打ち合わせたいが、都合は?」
「はい、わが主。私の演算能力には90%以上の余裕がありますので大丈夫です」
「じゃあ、これからの予定から決めるぞ。まずは睡眠教育だ」
「何か、まずい事態でも起きそうですか?わが主」
「いや、まずい事態は今でも起きてるといえば起きてるんだがな。一応は多重思考も俺の制御下で何とかできるようになったんだが……これからも多重思考の段階が増えていったりするのか?それを、まず聞きたい」
「あ、それについては、わが主。貴方の脳の解放レベルによります。今は、それまでの50%増という初期の脳解放レベルにありますが、これが普通の二倍以上となる超天才レベルになりますと10数人くらいの多重思考は当たり前に制御できるようになります。私の当初の計画では通常の四倍くらいまで脳の解放レベルを上げる予定でしたが、今でも普通の超天才クラスになってますよね、わが主は」
「うん、それでなんだがな。とりあえず睡眠教育は、このまま続ける方向で行きたい」
「え?失礼ですが、わが主は押し付け教育は好まれないと判断しております。このまま教育を進める理由は?」
「うん、まあ俺自身が、いわゆる知識欲の塊だからだと思う。自分の知らない知識は覚えるのに喜びを感じるから」
「わかりました、わが主。では予定通りのスケジュールで教育の方は進めていきます」
「あ、それとな。宇宙軍には俺からだという事は伏せて、この人工頭脳が自己矛盾に陥るバグを報告してやってくれ。もし万が一、このバグのために自己矛盾が大きくなった宇宙船が大事故を引き起こさないとも限らない。ただしニュースソースは絶対に俺だと分からないようにしろ。この年で宇宙軍に出向というのは、あまり考えたくない。大事なことだから二度言ったぞ」
「了解です、わが主。しかし本当に欲が無いですね。この関係のバグ報告を出したら多分、宇宙軍から勲章と莫大な報奨金が貰えますよ。それこそ、今の職場辞めても独り立ちして企業起こせるくらいの金額です」
「あのな、プロフェッサー。人には持っていい金の上限があると俺は思ってる。その金額は各々によって違うだろうが少なくとも俺にとっちゃ今のカードの金額の一桁か二桁上くらいが上限だと思う。それ以上は俺にとっちゃ死に金にしかならんよ」
「宇宙軍に行ってエリート部隊に所属すれば、そんな金額は小遣い銭レベルなんですけど。独立行動隊の隊員なんか使用許可金額が∞(むげんだい)クラスの隊員もいるってのに……」
「何度も言うけれど俺は湯水のごとく金を使いたいわけじゃない。起きて半畳、寝て一畳。何事も身の回りを超えちゃいかんと俺は思う」
「はあ、了解しました、わが主。つくづく貴方は……」
「ん?野望がないとは良く言われるけどな。目に入る事だけ完結・解決させる人間だと先輩から言われた事もある」
「いえ、貴方のような人間が、よくこの社会で生き残ってきたものだと機械知性ながら感心してます。もしかして徹底的に争い事が嫌いですか?」
「まあ、それもあるかな?でも避けられない戦いなら受けて立つ。まあ、そんな状況にならないよう早めに逃げる」
「また、この後ろ向きというか積極的に対立回避する損な性格というか……」
「じゃ、そんなところで。そろそろ火星管制宙域抜けるんで報告と通信は……あ、他の人格がやってくれてる。そうか、こういう点が多重思考の利点なのか」
「あー、多重思考の使い方が基本的に間違ってますよ、わが主。それは、あらゆる可能性と場面、膨大なデータを人間のみで統制するための技術ですから。では後の制御と火星や圧縮ゲート管理部門との調整は、こちらがやっておきます。わが主は心置きなく冷凍睡眠に入る準備にかかってください」
俺はプロフェッサーの言葉を聞きながら、食事と排泄など冷凍睡眠カプセルに入るための儀式のような準備を整えていく……




