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(8)

 向かうところが同じであった三人は、砂地で舗装された道をひたすら歩いていた。周りには地平線のように背の低い草原が広がっている。暖かな日の光を存分に浴びつつ、そよ風を受けてなびくその姿は緑色の海のようだ。川の景色も素晴らしかったが、この果てしなき緑色の光景も存分に美しいものである。


「のどかで良い光景ですね。……それにしても、やっぱり都は遠いです。試験が午後から始まるから良かったものの、都で宿を取った方が良かったかも知れませんね」


 リノアンが嘆くように呟いた。


「まぁ、こんなもんだろう。試験前の準備運動としては丁度いいじゃないか。それに前日に枕を変えたら寝心地が悪くてしょうがないぞ」

「それもそうですね。さすがは兄さんです」


 笑顔で諭すクロヴィス。その様子にリノアンは納得したようだった。


「この辺りはやっぱり、魔獣の気配は薄いな。もしかして、俺達にビビッてどっか行っちまったかな?」


 辺りを見回しながら冗談を言うレイ。彼の視界は草原の緑と空の青で埋め尽くされている。草原の所々には大したことの無い強さの魔獣が潜んでいるようだが、例え襲われたとしてもこの面子にとっては火へと飛び交う虫のようでしかない。


「ん、あれは……?」


 異変に真っ先に気づいたのはクロヴィスだった。

 彼の視線の先――そこには、人が座って休めるくらいに大きい巨石がぽつんと草原に鎮座しているのが見えた。

 問題はその隣に人間が倒れている、ということであった。一人の女性がぐったりとうつぶせで倒れてしまっている。そして、その周りを取り囲むように、数匹の魔獣が存在していた。


「大変!」


 焦りの声を上げたのはリノアンだった。

 三人はその様子を見て、一斉に倒れた女性の下へと走り出す。

 倒れている女性の周りには数匹のプギューミーが集っていた。プギューミーとは、軟体性の魔獣である。半透明の柔らかい材質で体が構成されており、地面を跳ねるように移動する魔獣で、魔獣の中でも随一の弱さであるとの呼び声が高い。生態もさほど凶暴なものではなく、むしろ臆病な魔獣の筆頭である。危険度は信じられないくらいに低いのだ。


「こらぁっー!」


 クロヴィスは叫びながら近づき、自信の右手にまばゆく光輝く黄金色の剣を作り出した。形状は本物の剣のように定まっておらず、燃える炎のように揺らめいている。

 セイバー。属性持ちの人間が使う武器である。

 クロヴィスが取り出したライトセイバーは名前の通り、光の属性によって作られた彼自身の剣である。手ぶらの状態から瞬時にその手に作り出すという一連の流れは属性を持たないものにとって圧巻の一言だ。このように何も無いところから武器を取り出すことが出来るため、基本的に属性持ちの人間は普段から武器を所持していない。

 彼に続き、リノアンは右手に暗黒の剣を作り出した。ダークセイバーである。これまた炎のように黒く揺らめく摩訶不思議な剣で、見つめていると果てしなき洞窟の奥に迷い込んだような印象をうかがわせる、そんな闇の剣である。

 レイもまた、アースセイバーを右手に取り出していた。彼の剣はクロヴィスやリノアンのものと違い、れっきとした形を作っている。岩山を切り崩して作られたような無骨な剣であるが、その切れ味は見た目より幾分も強力で、何より硬い。レイの必殺の武器である。

 そのような三人が駆けつけてくるものだから、数匹のプギューミー達は驚きとまどっていた。この状況は危険だと察したのか、クロヴィス達が目前まで迫ると皆一様に地面を飛び跳ねながら退散していった。その様子にクロヴィス達も安堵する。


「おい、大丈夫か!?」


 クロヴィスが大声でうつぶせの女性に声を掛ける。しかし、返答は無い。

 三人はどうすべきかと思考を巡らせたが、まずは彼女の意識を確認するべく、体を仰向けへと体制を変えて容態を確認することとした。


「ぅ……ぅ……」


 女性は辛そうな表情で目を瞑っており、呻いている。意識はあるようだが、元気が無く声を発するのが辛そうに見えた。外傷が無いか調べると、特に異常があるようには見られないが……よく見ると手首の近くに小さな傷が出来ており、血がにじんでいた。


「こいつはもしかして……麻痺してるんじゃねぇか?」


 その容態を見てレイがもしやと提案をした。


「麻痺ですか? ……手には傷…………なるほど、そういうことですか。この女性は魔獣に噛まれて麻痺してしまったんですね。恐らく犯人は――」

「プギューミー、だろうな」

「なるほど! そういうことか!」


 状況から推測して結論を出そうとするリノアンに、答えを告げるレイ。クロヴィスは二人の言葉を聞いてようやくわかったようだった。


「リノアン、確か俺達の手持ちに」

「ありますね。今取り出します」


 クロヴィスが告げると、リノアンは手持ちの道具入れへと手を伸ばす。がさがさと中を漁って取り出されたその手には、一つの小瓶が握られていた。中には黄色の液体が入っている。


「今これで治します。安心して飲んでくださいね」


 小瓶の木蓋を外すと、リノアンは女性の口元へと瓶先を近づけて飲ませた。この小瓶の中身はユムドの村特産、麻痺治しの薬である。村の特色である木の実から調合された物で、即効性があるため重宝されている。









「すまない。迷惑を掛けてしまったようだ……。本当に助かった」


 薬を飲ませて数秒後。たちまち元気を取り戻した女性は頭を下げて謝った。クロヴィス達もいえいえと相槌を打つ。

 女性はこれまたクロヴィス達と同じ年代のようだった。同じ年代にしては落ち着いた雰囲気で、可愛らしいリノアンとは対称的に凛々しい雰囲気である。銀色の無造作なショートカットがよく似合っており、涼やかな印象を与える瞳を持っている。身長はリノアンとよく似通っているが……。


(……む。お、大きい……)


 リノアンは焦った、その胸の豊かさに。荒野のような大地……もしくは野菜を切る際に下地となる板のような絶壁具合のリノアンとは逆に、女性は非常に女性らしいスタイルをしていた。


「恥ずかしいことに、どうやらそこの石に腰掛けて寝ている最中にプギューミーに襲われてしまったらしい。本当に情けない……」


 女性は言いつつ自身の顔を手で覆った。女性にとって非常に恥ずべき過去のようである。


「私はミリル・エンシェントという者だ。都の治安維持ギルドの認定試験にこれから参加するところだったのだが、あなた方に助けて貰わなかったら大変なことになっていただろう。心からお礼を言わせて頂きたいと思う」

「へ」

「え」

「……マジか」


 クロヴィス、リノアン、レイの三人はまたもや治安維持ギルド員志望者に出会った模様だった。

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