(5)
「治安維持ギルド員……さすがの迫力でしたね」
夜。
フリーウェル家の一室にて、クロヴィスとリノアンは豪華な座椅子に腰を掛けていた。腰を落ち着かせたリノアンはクロヴィスに向かい語りかける。
フリーウェル家は裕福な家庭である。それもそのはずで、フリーウェル家はユムドの村一帯を取り仕切る領主の家庭なのだ。村の長は別の者に任せられているが、フリーウェル家の信頼はこの村においても絶大な物となっている。フリーウェル夫妻に加え、息子と娘であるクロヴィスとリノアンは村の中で大きな存在として慕われているのだ。クロヴィスとリノアンは村人の息子と娘であるといっても過言では無い。
「だなぁ! すんげー強そうだったな! 特にお姉さんの方かな。セイラさんだっけ? あの人は俺とリノアンで束になっても敵わないかもな、怒りの属性かぁ、気になるなぁ」
昼の一件を思い出し、テンションの上がるクロヴィス。
その姿はおもちゃを与えられた子供のように喜んでいる。
「そうですね。ハンスさんもそうですけど、あの方はただならぬ力を感じたように思います。恐らくかなりの実力者、さすがはギルド員の方々ですね。……兄さん? 何やらやけに嬉しそうですけど――はっ。もしや、兄さんはああいった風にびしっとしている女性の方が好みなんですか!? そうなんですか!? くぅ、迂闊でした。あの女、次に兄さんに近づいたらどうしてくれようか……!」
魔獣が裸足で逃げそうな憤怒の表情と殺気を生み出すリノアン。
「しかし、俺達も遂にギルド員を目指せるんだな……!」
楽しみで仕方が無いといった感じでクロヴィスは拳を打ち鳴らした。その姿を見て、きょとんとするリノアン。
「そうですね、ここまで長かったです。ようやっと私達も試験を受けられる年齢になりましたね」
クロヴィスとリノアンは現在、十七歳。
都のギルド員となるために認定試験に挑戦するためには年齢という制限がある。十七歳となったことで二人は挑戦権を得たわけである。
治安維持ギルド員。それは国の政府によって定められた公的機関であり、所属している人間は大多数が属性持ちの人間であると言われている。国によって給料を賄われており、その任務は多岐に渡っている。具体的には治安維持に直結する何らかの成果を出す人間であれば勤まるという、正義を熱く刺激する業務内容となっている。リノアンとクロヴィスは前から志望していたのだ。
「ああ。俺はやってやる。絶対に治安維持ギルド員になって、多くの人間に光を届けるんだ。俺の手で、困ってる人を助けて――たくさんの笑顔をもたらしたい」
「兄さん、なんと素晴らしい心意気でしょうか。私はもう心の涙が止まりません」
拳を握り熱意を見せつけるクロヴィス。その雄志につられてか、泣き真似をするリノアンだった。
「兄さんは、前世の記憶が少しあるんでしたよね?」
「うん。本当に少しだけどな」
フリーウェル家の彩色きらびやかな天井を見上げ、クロヴィスは思い出すように語る。
「俺はどこか別の世界……本当に、何も覚えてないくらいに遠い世界だったと思うけど――これだけは解る。俺は前の世界では、光になりたかったんだ。それは何て言うか……薄暗い森の中や、洞窟の中に差し込むような、そんな光。絶望の中に降り注ぐような、熱い光だ。きっと、治安維持ギルド員として世のために働けばそういう人間になれるって、俺は信じてる」
「……」
クロヴィスは少し恥ずかしい台詞を自分の夢のように語った。その瞳は美しい空を見上げたときのように澄んでいる。
リノアンは馬鹿にするでも無く、真面目な顔で聞き続けていた。
「ふふっ」
「なんだよリノアン、おかしいのか?」
「いえ、私……本当に兄さんに出会えて良かったなって、思ったんです」
クロヴィスの談に思わず微笑んだリノアンは、実に穏やかな目をしていた。
「私は兄さんに出会わなかったら……この闇の力を、恐らく嫌いになっていたことでしょう。それだけは強く思うんです。言い換えれば、私が今ここでこうして強く生きていけるのも兄さんのおかげかと思います。私にとって生きる道を示してくださった……大げさかも知れませんが、そう思います」
「はは、本当におおげさだな」
神妙な顔つきで、リノアンはクロヴィスに感謝を告げた。
ちなみにリノアンは他人だけでなく、兄に対しても敬語を使う。