(2)
「ここがユムドの村だ」
とある森林の茂みの中で、二人の男が隠れるように座っている。
二人は食い入るように前を見ていた。男達の視線の先には、森林を抜けきった視界が広がっており、そこには一つの村が存在していた。
「この村は山に囲まれた村でな。表立った特色は見られないが、村民はこの豊富な自然を利用して暮らしている。山の特殊な地質が栄養となって草木を育て上げるから、良い作物を得るのにうってつけってわけだ」
男の一人が語る。その男は小悪党のような性の悪い面構えをしており、笑う際に剥き出しになる歯も並びが良いとは言い難い。髪の毛も何日も洗っていないように見える。まさに美形とは言えないこの男は現に、小悪党であった。
「なるほど、さすが兄貴! 博識でやすね!」
「はっは、よせやい。……でだ、他には村の中で温泉が湧き出ているとも聞いた。つまり、そういう地域にしかねぇ珍しい産物もあるわけよ」
説明を続けている男を褒めちぎっているのは、その男よりも一回り小さい男だった。ボロキレと大差ない衣服を身に纏い、顔にはやはり品が見られない。
「そいで兄貴、この村の貴重な農作物を、根こそぎ奪っちまうって算段でやすね?」
小さい男は閃いたように口を開いた。
「おうよ。もちろん金品の方もがっぽり頂くぜ。なあに、俺達にかかりゃあ、こんなしけた村でもたんまりと金目の物を奪えるはずだ」
「でやすね! にしし!」
男達は大げさに笑った。完全に目前の村を自分たちの財布と勘違いしているかのようだった。
「さて、問題はどっから攻めるか――」
「あのう、すみません」
「!?」
完全に村に意識が集中していた男達は、慌てふためいた。いきなり後ろから声を掛けられたからである。
二人に突如として掛けられた声は若い女性の声だった。
「あ、驚かせてすみません。私は怪しい者じゃないのでご安心ください」
急にその場から跳躍した男二人に、とても礼儀正しく話しかける女性。
歳は十七といったところ。さらさらの清楚な金髪がとても美しく、腰の辺りまで流れるように伸びていた。顔はあどけなさを残す、可愛らしい出で立ち。大きな目。
服装は青と白のコントラストが織りなす、修道女が着ているようなものである。これは彼女が好きこのんで着ているブランドの服で、修道女風の私服をウリとするブランドの物なのだがここでは割愛する。
「な、なんだお嬢ちゃん。びっくりさせるじゃねぇか」
「し、心臓が止まると思ったでやす……」
「いきなり話しかけてしまいましたからね。本当に申し訳ありません。この村に来客があることは珍しいですので、つい声を掛けてしまいました」
謝りつつ、照れるようににっこりと笑う女性。その可愛らしい仕草に男達も安堵の顔を浮かべていた。
「お嬢ちゃん、もしかしてこの村の人なのかい?」
「はい、そうです。生まれてこの方、ずぅっとこの村で暮らしています。緑が多く、空気は澄んでいて食べ物は美味しい……とても良いところですよ」
村での素晴らしい暮らしを思い出すように、女性は言葉を紡いだ。
「魔獣もそんなに現れることがありませんし、たいへん住みよいところです。私はこの村が大好きですね」
「良い村なんでやすねぇ」
自慢の村とでも言いたげに、女性は言葉を続けていった。それを聞いて男の一人がしみじみと頷く。
「なので、この村を傷つけるような輩は、私は大嫌いなんです。特に金品を奪おうとか、農作物を根こそぎ持って行こうとか考えるような人は、万死に値しますね~」
「……」
口調明るげに、皮肉ぶって語る女性。その言葉の数々を耳で拾い上げた男達は、目を丸くして女性の顔を見つめた。
「おい、嬢ちゃん……俺達の会話、どこから聞いていた?」
「『ここがユムドの村だ』、からです♪」
女性は嬉々として男の質問に答えた。その答えを聞いて、男達の顔に怒りの様子が表れてくる。
「俺と兄貴の企み、聞いちまったわけでやすね?」
「はい。俗に言うコソ泥というやつですよね。人が時間と労力を掛けて積み上げた物を一瞬で奪い取り、しゃぶりつくす。人間のゲスにして卑劣きわまりない人種。最低最悪個人賞を受賞させてあげたいくらいですね」
男達を前に、少したりとも恐れた様子は無く饒舌に語り、微笑む女性。その異様な様子に男達は冷や汗を流すも、強気な姿勢を見せつけた。
「おい嬢ちゃん。こいつが何かわかるか?」
男の一人が懐に手を入れ、抜き出した。その手には刀身煌めくナイフが握られており、女性の方へと構えてみせる。
「俺達のことを見逃すなら、命だけは助けてやる。しかし、大声でも叫びやがったらただじゃおかねえぞ。今すぐ泣いて謝りな。そしたら許してやらんこともない」
攻めの姿勢を見せたまま、男は余裕の笑みを浮かべる。
「暴力に訴えかけるわけですか。丸腰の女性相手に? 恥ずかしくないんですか?」
「おい、俺達をあんまりおちょくるんじゃないでやすよ。命が惜しければ黙るでやす」
一回り小さい男もぐふふと笑いながら、ナイフを突き付ける。
「決めた。嬢ちゃん……お前さんは、俺達がたっぷりと可愛がってやる。覚悟しな」
完全に女性のことを手中に収めたと悟ったのか、男は下卑た表情を見せる。
「……ふぅ。まあ、それはいいんですけど。一つ言いたいことが。そのナイフ、動かせるんですか?」
「ああ? 何言ってやが――」
嘆息した女性は、男達の方へと指を差す。女性に言われるがままに、男達はナイフを持つ手に目を向けた。そして、絶句する。男達の腕には、黒い塊が纏わり付いていた。闇夜を体現したような煙状の物体。それらがナイフを掴む腕を捉えたまま、放さない。
「う、うああ!? な、なんでやすかこれは! 手が動かないぃぃっ!?」
たまらず男の一人が叫びだした。慌てて黒の塊からなんとか腕を引きはがそうとするが、全体重を持ってしてもその場を離れることが出来ない。
「な、何しやがった!? お前は一体!?」
男が焦りと驚愕の様相で問い掛ける。しょうがないとばかりに、女性は口を開いた。
「聞かれたからには、答えますね。私の名前はリノアン。リノアン・フリーウェルと申します。闇の属性持ちです。どうかよろしくお願い致します」
可愛らしい表情と声で、礼儀正しく御辞儀をした。
「あ……といっても、もうよろしくすることは永遠に訪れないでしょうけど、よろしくお願いします」
天使のような微笑みであったが、男達二人には悪魔の微笑みに見えたかも知れない。