(16)
「それでは参りましょう。両者、準備を!」
教官の合図によってミリルとグメルが臨戦態勢を取る。
「それでは始めます……レディー……」
教官が片手を前にかざす。
「ファイッ!」
教官が大きく手を下へと振り下ろす。模擬戦が火蓋を切って落とされた。
(さて、風の属性か……どうしてくれ――)
グメルがミリルを見据え、思考を開始――しようとしたその時だった。
グメルの傍を、一陣の風が吹き抜けた。いや、それは風と呼ぶべきだったのか……“ミリルそのもの”というべきだったのか、定かでは無い。
気づくとミリルはグメルの後ろに立っており、涼やかな顔でショートの銀髪を揺らしながら、呟いた。
「吹風」
グメルの分身が吹き飛んだ。
「……あれ?」
グメルは目をぱちくりさせながら、呟いた。呟いたのは彼の元の姿、玉を握りしめている方であった。
「へ」
教官が呆気にとられたような声を上げる。
「…………」
クロヴィス、リノアン、レイ。その他大勢の志願者達……が、目を開けたり閉じたりしながら、ぽかんと口を開けていた。
「彼の分身が消えたようですが……これで良いのでしょうか?」
ミリルは何事も無かったかのように、教官に質問をした。
教官はぎぎぎと首を機械のように向けながら、質問に答える。
「消えた、ということは……倒した、と同義です」
「では」
「ミリルさんの勝ち、ですね」
「……良かった」
ミリルはほっと胸をなで下ろす。
それと同時に、会場内は沸きに沸いた。
「なああぁにいいいいっ!?」
レイは素っ頓狂な声を上げて驚愕した。目を見開いている。
ミリルの突進と共に吹き抜けた強烈な風が、グメルの体を運び去るように切り裂いて見せたのだった。グメルの分身は吹きすさぶ煙のように消失したのだった。
「あはは、やっぱりミリルはすごい奴だな!」
「すごいですね……。いきなりだったとはいえ、動きが見えませんでした」
クロヴィスは自分のことのように嬉しそうに笑っている。リノアンも感心しながら冷や汗を掻いていた。
「そ、そんな……俺、まだ何もしてないのに……」
自分が一瞬にして負けた、と気づいたグメルは涙目でその場にくずれ落ちる。目の前が真っ暗になりそうになるが、そんな視界の中に可憐な手の平が差し伸べられた。
その手の持ち主は戦ったミリル本人の物であった。
「すまない。何をされるか想像が付かなかったから……このような短期決戦に持ち込んでしまった。私の臆病風が生んだ結果だ。対戦、ありがとう」
「あ……」
差し伸べられた手に、手を合わせるグメル。申し訳なさそうにしつつ、優しさの込められたクールな瞳。それを見てグメルはぼっと顔が赤くなる。
そして握られた手同士は開始時のような、清廉な握手だった。
その光景をを目の当たりにして周りからも温かい拍手が巻き起こる。
「えー……模擬戦の結果は、ミリル・エンシェントさんの勝利となります! 二人とも、よく頑張りましたね」
教官の声を合図に、拍手は更に盛大な物となった。
「な、なんであいつがプギューミーなんかにやられたんだ!?」
「寝てたんだって言ってたじゃないか」
驚愕の表情を浮かべるレイに、クロヴィスが当然だろうという風に答える。
「ミリル、お疲れ様! 次は俺と対戦しよう!」
「いや、これは一回限りの模擬戦なんだが……」
ゆっくりと戻ってきたミリルに対し、写し身の玉の輝きをこえるようなキラキラ目のクロヴィスが話しかける。ミリルは呆れ顔で応対をした。




