(12)
「……ぐ、ぐぐ」
「さて、戻ろうぜ、お店まで」
「お、お前は……属性持ちなのか?」
「うん。光の属性持ちだ。足の速さには自信があるし、おまけに光の属性の力で足の速さをさらに高められる。俺から逃げることはできないさ」
クロヴィスは自分の靴をとんとんと地面に鳴らす。
「戻ったら……捕まっちまうじゃねぇか」
「でも、俺からは逃げられないよ?」
「じゃあ戻るしかねぇってか……」
「そういうこと。ほら、早く戻ろう戻ろう」
食い逃げ犯を前に、笑みを絶やさずに語りかけるクロヴィスだった。
「くそっ、抵抗しても無駄っぽいな……わかったよ、戻るよ……」
「よし、そうこなくっちゃな」
食い逃げ犯に闘争の意志はなく、これ以上の反抗を見せようとはしなかった。属性持ちのクロヴィスに刃向かったところで、勝ち目はないと悟ったかのようであった。
「あ、戻って来ました!」
クロヴィスの帰還にリノアンが声をあげる。クロヴィスの隣にはとぼとぼとした足取りで歩む食い逃げ犯の姿が。それを見て一同はほっとする。
「やれやれ……一時はどうなることかと思ったけど。案外早く戻ってきたな」
「すぐ捕まえられたからね」
呆れつつも感心の素振りを見せるレイ。クロヴィスは当然とばかりに笑って見せた。
「コラお前……わかってんだろうな? 自分が何をしたのか」
「う、うぅ……」
戦士のように屈強な肉体をしたシェフが、凄みのある目で睨む。食い逃げ犯はみるみるうちに縮こまってしまった。
「さて、こいつはどうしてくれようか……」
食い逃げ犯の処置にシェフが悩んでいると、クロヴィスが口を開いた。
「なあ、お前の食った料理って、美味かったか?」
「え……」
「どうだったんだ?」
「そりゃ……美味かったさ。それはもう、今までに食ったこと無いくらいに。そんぐらい美味いメニューだって聞いて、やったんだから……」
「だったら、お金払って食べたらもっと美味いぞ!」
「……何?」
「食い逃げなんて後ろめたい気持ちで食事したって、美味しくならないさ。食べ物って良い気分で食べた方が、絶対に美味いよ。だから次はちゃんと代金を払って食おうぜ!」
クロヴィスは膝を付いている食い逃げ犯に、手を差しのばした。曇りの無い、一筋の光のような……そんな手だった。食い逃げ犯はその姿をまじまじと視界に映すと、土下座をして詫び始めた。
「すいません! 金はいずれ絶対に支払います! だから、どうか……どうか……」
何度も額を地面に下げて謝る食い逃げ犯。それを見かねてシェフが口を挟んだ。
「おい、お前」
「は、はいっ!」
「今回だけはお前を見逃してやる。次また同じ事をしたら……許さねぇからな。次にお前が来るときまでに、俺も更に美味い料理を提供してやるつもりだ。だから、次回はちゃんと客として来いよ」
「わ、わかりました!」
食い逃げ犯は大きく頭を下げると、小走りで駆け抜けていった。
その姿が見えなくなった辺りで、シェフが首をぐるりと向ける。
「おい兄ちゃんよ。すまなかったな。お前のおかげで事件をうやむやにせず済んだぜ」
「気にしなくていいよ。俺はやりたいことをやっただけだからね」
「ほう……。お前さん、見たところ普通じゃねぇな。まさか新米の治安維持ギルド員か?」
「ううん、まだだよ。これから試験を受けに行くところなんだ」
「おお。そんな忙しいところだったってのに、悪かったな」
感心したように見据えるシェフとクロヴィスはお互いに握手をする。
「すげぇ……。この短時間で全て解決しちまったよ、あいつ。しかも、めっちゃ丸く収まったし」
「クロヴィスか……同じギルド員を目指す者として、尊敬の出来そうな男だな。……お前と違って」
「ああ?」
クロヴィスの行いに感心しているレイとミリルだったが、ミリルの皮肉によりお互いに目から火花を散らしていた。
そんな二人を見てリノアンはやれやれと肩をすくめるが、無事に戻って来たクロヴィスを見ると満面の微笑みを見せるのだった。




