テレパシー
クラメルが竜也に対して優しいのは、幼い者を微笑ましく思う母性本能とでも云うべき感情だったのだ。
(…舐められてる)
そう、つまり竜也は彼女に安く見られていた。
だがそれは仕方のないこと。
小学生が自分よりも優っている、と考えるのは極一部の被害妄想患者ぐらいのものだろう。
しかし竜也にとってクラメルからの評価など二の次だ。
(髭…生えてくるかな)
高校生の頃に竜也が憧れた近所のおじさん。
立派な髭を蓄えてオールバックポニーテールで、タバコの煙をモアッと吐き出す、なのに不潔感は全く感じさせない。
竜也は異世界に呼ばれる前、それとなくそのおじさんを目指していたのだ。
髪を伸ばし、髭を整え長年の月日をかけて積み上げたものを、突然振り出し、むしろマイナスの方向に飛ばされた竜也は、怒るものでもなく、ただただ絶望していた。
力無く暖炉にもたれかかり、そのままズルズルと座り込む。
(大丈夫?元気だしてダーリン)
炎が無気力な竜也を励まそうと身を寄せる。
「誰のせいだと思ってんだよ」
竜也は耳元でうろつく熱くない炎を鬱陶しそうに叩く。
竜也がこのような容姿になったのは間違いなく異世界召喚のおかげだった。
(はぁ、これからどうしようかな)
異世界に来てあらゆる自分のセルフアイデンティティを奪われ、ネガティブになる竜也。
すると部屋に扉を開く音が響いた。
「ふわ、ココが魔女のお家ですか」
そう言って入って来たのはクソ女二号クラメルだった。
(おい、どういうことだ)
竜也はアイコンタクトで炎に不満をぶつける。
先程まで頑なに近づかせまいと結界を張っていたはず、それをすんなりと小屋に入れるとなると、この小屋が魔女の物であれ休息の場として竜也は面白くなかった。
(だってぇ、雨の中の放置プレイとかこの子に味合わせたくなくてぇ)
竜也が耳を済ましてみると、確かに雨が小屋を打つ音がする。
どうでもいいか、と結論をだして竜也は再び放心した。
そこにクラメルが寄ってきて竜也に話しかける。
「そういえば貴方金粉草を燃やしてましたね。
なんであんな勿体無い事をするんですか?金貨10枚は下らない代物なんですよ?」
(逆に言えば金貨10枚でタバコが買えるって事か、金貨って高いんだろうな)
その言葉を聞いて竜也は異世界タバコの値段を推測する。
「聞いてるんですか?」
返事をしない竜也にクラメルはさらに近寄り、彼に手を伸ばそうとしたが、それを炎が阻止する。
「熱っ、な、なんですかこの火は!突然動きましたよ!いや、火が動いているのは当たり前なんですが意思を持ったようにズズッっと…」
(ダーリンに触ろうとするなんてとんでもなく下品な女ねっ、親の顔が見て見たいわ!)
竜也は炎を見ていなくてもそんな声が聞こえてくるような気がした。
竜也が無駄なテレパシー能力にうんざりしていると、小屋の外から雨音に交じって地響きの様な、低い音が聞こえてきた。
飽きポン、飽きてきたポン