03
「ところが、ダーレムに運ばれたと思った絵が、いつの間にか見えなくなっていた」
何人かの手を経て届けられたはずの絵が、気が付いたら無くなっていたのだという。
「実際に見た人間は、ほんの数人のみ、しかも本当の専門家と言える人はいない、だからそれが本物だったかどうかも判断がつかないんですよ」
「それをROCKERが捜すのか?」
「いや、絵を捜すのではなく、その絵を最後に確認した人物と接触するんです」
アムステルダムから来たギャラリーのオーナーで、再調査委員会のメンバーとも仲のよいファン・ドールンという男がベルリンに来ていた。
その男は短い時でも1ヶ月くらいこの都市に滞在しているのだが、ホテルを次々と替えたり、知人宅を泊まり歩いたりいつも落ち着きがないらしい。
「彼が絵を持ち逃げしたのでは? とROCKERは疑っています」
彼を捜し出し、絵を返してもらえるように説得するのが元々タウンゼントの与えられた仕事だった。
タウンゼントは休暇に入るところだったが、たまたま追っている男がハンブルクにいるらしい、という噂を聞きつけ、まずそちらに向かったのだそうだ。
そしてホテルで、女性に声をかけている姿を最後に目撃されて以来、行方が判らなくなった。
「人騒がせな絵だ」
「そうですね……」プラータはまたソーセージを食べ始めた。
サンライズは目の前のレタスの切れ端をつついた。もうすでに腹は一杯た。
近くを通るウェイターにもう一杯同じビールを頼み、プラータに向き合った。
「キミはハンブルクをさがすつもりなのか?」ようやくベルリンに落ち着いたと思ったらまた移動か?
「いえ」プラータも飲み物を頼む。「ベルリナ―ヴァイセ、緑のを」また彼に向き直る。
「タウンゼントが拾った噂は、ガセネタだったのでは? と思ってます。それに、彼が消えたのは罠というより、単に遊び過ぎなのかなあ……と。
ボクは、やはりベルリンでの絵の足取りを追うのが早いかと思って、先にこちらを調べてみました」
ROCKERに登録してからたかだか二週間かそこらだと聞いたのに、けっこうな働き者だ。ようやくイメージ通りのドイツ人に出会った気がした。
「キミは絵の専門家なのか?」聞くと、あわてて首を振った。
「絵は好きなんですがね、でもボクはもっと新しいものがいいです、モンドリアンとか」
知らない名前が出たので、サンライズはさりげなく話題を変える。
「ファン・ドールンは見つかりそうなのか?」
「実は、もうアポが取れてます、まだ市内にいたんですよ、こちらにある自分のオフィスのひとつに」
このうっかり者、なかなかやり手なのかも知れない。
「偶然、知り合いの画廊に寄った時彼の話が出て、連絡先を教えてもらって電話しました。明日の昼前に30分だけ、という約束で話が聞けるんです、それに一緒に来ていただいてもいいですか?」
やはり暫定やり手という評価を与えておこうとサンライズは思う。
プラータの手元には、今度はストローのついた緑色のヘンな液体が運ばれていたが、そんなものを飲んでも仕事さえしっかりしていれば問題はない。
「もちろん、同行させてくれ」
資料が全くないのは参るが、主導権はあちらなのでまかせっきりにしても差し支えはないだろう。資料をもらってもドイツ語か、仮に英語だとしても読むのが面倒だ。
「では明日10時半にホテルのロビーで」
シゴトの話も済んだし、さて食べましょうか、とプラータは今度はチキンに向き合った。
サンライズはすでに、飲み専門に入っている。
それでもあまり深酒しないうちに食事は終わった。
プラータはホテルまで彼を送ってくれることになった。
「この通りがクアフュルステンダム、賑やかでしょ? ベルリンのメインストリートです」
夜なので、開いているのは飲み屋かカフェくらいのものだが、それでもどの店もウィンドウにさまざまな飾り付けがされて、通りの真ん中の広々とした歩道にも派手な電飾が輝いている。
「もうクリスマスの飾りつけか」まだ12月に入ったばかりなのに。
「11月から飾ってますよ」信仰心が篤いのか、冬は夜が長いので単に娯楽に飢えているのか、気の早い話だ。
「サンライズ、いつまでこちらにいられますか? クリスマスもこちらで?」
「いや……7日の土曜日には帰る」
「ではボクもシゴトを急がないと」そう言いながらものんびりと通りを見回している。
ホテルの前で別れる時、プラータは手を差し出した。
「じゃあおやすみなさい」そう言ってから心配そうに
「もう今夜は外に出ませんよね」
と言うので、
「出ないよ、さすがにもう眠くなった」と答えたらほっとしたかのように笑った。
「このあたりはまだいいですが、クーダムから少し入った辺りでも、物騒なところもありますからね……また明日以降に詳しくご案内しますので、夜はまだ気をつけてくださいね」
「わかった、ありがとう」
彼の後ろ姿を見送り、ホテルに入っていった。
小さなホテルだが、フロントがオレンジの光の中、昼間と同じようにきまじめに立っている。彼は同じようにまじめな顔でキーを受け取った。
部屋に入るやいなや、ベッドに倒れ込み、そのまま眠ってしまった。




