03
去り際に、サンライズはオマールに声をかけた。
「すまないが、街中を一周流してくれないか?」
目にすべて、焼きつけていこうと思った。
ドームの前で、オマールは車を一度停めた。
「一服やってく、ダンナもどうだい?」
彼らは橋の上から、黒く煤のかかったような大聖堂を眺めるともなく眺め、煙草をふかしていた。
大聖堂から道を挟んで反対側は、覆いのかかった巨大な建造物。
「共和国宮殿という」オマールは煙草をはさんだままの手で指さした。
「ガラス張りの外壁がみえるだろう? 旧東ドイツの象徴とも言える建物だった」
「壊しているんだな」
「政治的理由、というよりアスベストがね、かなり使われていたらしい。今は内装を剥がしている」
中身のないがらんどうの建物。
「内装だけ替えるのか、全部を建て替えるのか……オレはいっそのこと、すっぱりと取り壊しちまったほうがいいと思うがね。多くの人間があの政府には苦しめられた。あのフランツだって、政治の犠牲者だと言えなくもない」
「どうだろうね……」
だったらオマールも、民族紛争の犠牲者か? 誰もが何かの犠牲者だと言うことができるだろう。しかしそれは黙っていた。
彼は煙草の灰を落とし、橋に手をついてオマールを見た。
「オレだったら、全部取っ払うことよりも、残す方を選ぶかもな」
「そうかい?」
オマールのとび色の目が明るい所で金色にみえた。その金色を目に収めて彼は続ける。
「ああ……受けた傷、恥もすべて呑みこんで、オレは自分の糧とする、そう決めたんだ。
明るさだけでなくて、抱える傷や暗闇、すべてが揃うからこそ、人は実在する。
もちろん、完全なる犠牲者がいない、と言っているわけではない。
しかし必ず、そんな人間にもどこかに繋がる救いの手があるはずだ。
そう思っていたいな、オレは。
キミにもパウラとか、心強い仲間がまだ残っているだろうし。
この街だってそうだろう? 全てを呑みこんで、なお前に進もうとする仲間は、案外多いのかも知れないよ」
「オレたちが暮らす場所は、どこもそうかもな」
笑顔で目を細めたオマールはすっかりトルコなまりに戻っていた。
「さあ、飛行機が出ちまう、空港に行くぜダンナ」
二人は車に乗り込むと、博物館島を後にした。




