02
「その汚い手を離せ、きさま」プラータだった男は、歯を食いしばったままそう命じた。
サンライズは、ゆっくりと姿勢を起こした。
ガラスの欠片をひとつふたつ降らせ、警報ブザーの音をBGMにして、絵の前に両手を拡げ立ちふさがる。
彼は銃を向けた男に語りかけた。
「たかが絵だろう? しかも偽物だ。いや、たとえ本物だとしても何を迷う? ただの木と麻布と、絵具の塊なんだぞ。その前に立つのもたいした人物ではない、今までと同じ、簡単に殺していい類の人間だ」
「それは、歴史なんだ」
目の前の男が声を絞り出す。
「芸術は、神聖にして崇高な、神からの贈り物だ」
「そして人も。神から命を贈られ、芸術を生み出すのでは?」
突然、警報は止んだ。その瞬間、サンライズはキーを捕えた。
「この絵は、見る者にとっては常に真実だ」
すべての時が止まった。
男は目を見開き、喘ぎ始めた。
「銃を捨てて、縄を受けろ。そしてすべて正直に話してくれ」
サンライズ、じっと手を拡げたまま彼を見つめていた。
サンライズだって本当は倒れそうだった。目の前に黒い斑点が飛んでいる。両手で頭を押さえてしゃがみこみたい。頭蓋内にもガラス片を食らったかのようなひどい頭痛が津波のごとく彼に波状攻撃を与えていた。
永遠の時が流れたと思われた、そのせつな。
ついに男は、力なく銃を取り落とし、その場に崩れ落ちた。
急に周りが騒がしくなった。フラッシュが途切れず、誰もかれも口々に大声で叫んでいる。
シェーンブルクが駆け寄った。
「サンライズ、血が出てるぞ」誰か、救護室へ、と叫んだところにプラータが警備に押さえられたまま声を振り絞った。
「お願いだ、一つだけ頼みがある」サンライズをまっすぐ見据えていた。
「何だ」
「あの絵……キミに頼んだスケッチを、最後に……見せてくれないか」
サンライズは近くに来た館長に目をやった。館長がうなずいたので、演台の下に隠してあった紙袋から黒いバインダーを出した。
捕まえられた男、今ではすっかり恐ろしい悪魔ではなく、ただの哀れな犯罪者に変じた彼に、サンライズは淡々とした口調でこう告げた。
「頼まれたスケッチは、たぶんキミにとっては何の価値もないだろう、それでもよければ見せてやる」
台の上に中のカルトンを拡げ、絵を取り出し、彼の目の前にかかげてみせる。
「おれのアニキだ、それとオクサン」
色鮮やかなクレヨン画。ハナの描いた、パパとママだった。
「見ろ、この絵も、崇高なる真実だ、プラータ。違うか?」
男は一気に憔悴した面を伏せ、そのまま連行されていった。




