黒いバインダーの中身 01
お集まりの皆さま、と主査がマイクを通して話し出した。
皆の目がそちらに揃ったその瞬間、サンライズはプラータだけはこちらを見守る中でバインダーを入れ替えた。そして人差し指をさりげなく額に当てる。
片隅のカメラ脇にいたプラータがかすかに首を動かし、自分も指を上げた。
主査の進行で、まず館長が挨拶をした。
何を言っているのかほとんど判らないが、進行表は頭に入れていたので、その時点に神経を集中させた。あと少しだ。
それでは、と主査がマイクに向かった時、かすかな合図をみた。
動け。
「Entschuldigung Sie(あの、ちょっとすみませんが)」
発音もメチャクチャだろうが、彼はさっと前に出た。
みな、無表情のまま見守っている。
「お話しておきたいことがあります」
はっきりとゆっくりと、あえて日本語にした。警備すら何が起こったのか、という顔をしている。
ただし、二人だけわずかに動いた。サンライズは目の端で左後ろにいる一人を確認。
パウラは気づいただろうか? 衝立のかげにいる彼がわずかにそちらに動いたような気がした。
よし、今だ。
彼ははずみをつけて後ろの額絵にダイヴ。悲鳴が上がり、警備が走り寄る。
ワイヤーが外れ、絵が床に落ちた。装飾の多い額の縁から木の破片が飛び散り、ガラスがこなごなに砕け散り、彼はまともにそれらを浴びた。ご丁寧に、警報ブザーが鳴り響く。
「何をする!」
いつの間にか目の前に、プラータが躍り出ていた。サンライズに向けて、ぴたりと銃を構えている。プラータが距離をつめようとした時、警備があわてて駆け寄ろうとした、が、
「来るな」
の一言でぴたりと凍りついたように足を止めた。
サンライズはいまや、黄金の兜の男を背中で支えるように、床に膝をついていた。
「撃てよ」
サンライズは割れたガラスの破片を頭からそっと滑り落とし、顔に当らないようにややうつむきがちにしながら、それでも目だけ上げた。
彼はプラータに静かに語りかける。
「オレと一緒に、この絵も撃ち抜くといい」
後ろで騒ぎが聞こえ、もう一人の男がパウラたちに捕えられたのをちらりと目に入れた。
さあ、これで一対一だ。




