茶色い背広の男 01
ホテル前で降ろしてもらい、礼を言って中に入ると、貴生は即座にサンライズに戻った。
すでにフロントには男が一人待っていた。
「オマールから連絡をもらった」
茶色い背広の男、かなり年配のようだった。
「ROCKERの連絡員、シェーンブルクだ。プラータの個人調書を持ってきた、遅くなってすまない」
「パウラは?」
「彼女は朝にならないと来ない、それでも連絡があって私をよこしたんだ」
「先にアンタの身分証をみせてくれ」
「そうだな」
シェーンブルクと名のる男が出してみせたカードに、時計についたブラックライトをあてて、透かしを確認する。本物だった。
プラータの写真を初めてみた。
小さくてはっきりとは写っていなかったが、どう見ても
「別人だ」
写真の男は確かに銀髪でメガネもかけていたが、あごが尖っていて、もっと小粒な感じだった。こちらは明らかに近眼だというイメージがあった。
「最初に会った時から入れ換わっていたんだな」
「確認が遅くなって、本当にすまない」茶色の背広の男は、疲れた表情だった。
「支部長が少し、精神的に参っていてね……」
数ヶ月前から様子がおかしかったという。
大きな事件が次々と起こり、対応にてんやわんやだったらしい。
11月の中旬にタウンゼントが行方不明になった時も、あっけらかんとした表情で
「遊んでるんじゃない?」
みたいなそっけない言い方だったのだが、実はかなりのストレスの裏返しだったのだそうだ。
「彼にしては言動が軽い感じがしていたのだが、気づいた時には鬱病が進行していたんだ」
病気自体が問題なのではない、ただ、彼の発病がきっかけで支部内のチェック体制が甘くなっており、そこを徹底的に付け込まれたのだ、と苦々しげに語った。
「ファン・ドールンを殺したヤツと、プラータと入れ換わったヤツとは同じ組織に属していると思われる。タウンゼントももしかしたら殺られたのかも知れない」
「何のために、そんなことを?」
「彼らがやる仕事に興味があったんだろうな」
「レンブラントの落書き探しが?」
茶色い男は、とがめるような目を彼に向けたが、サンライズはお構いなしに彼をまっすぐ見返した。
シェーンブルクが目を反らし、咳払いをして訊ねる。
「プラータを名乗ったのは、どんな男だったかざっと教えてほしい、彼の写真を撮ったりしていないよな?」
「いや、全然」
観光は最初からあきらめていたので、カメラも持っていなかった。
「似顔絵すら描けない、協力はするが」
荷物をまとめ、夜明けに近い時間、ホテルを出てタクシーで支部に向かった。
パウラも早めに出勤する、ということで先にシェーンブルクが調書をとる。
「キミまで酷い目にあわされたようだな」当直に聞いたらしい。
「まあね、愉快ではなかった」
まだ胃がきりきりと痛む。自分ではあまり気がつかなかったのだが、部屋に戻った時にかすかにこの男が顔をしかめた様子からみても、まだ匂いは残っていたのだろう。
「メモのコピーも、もちろんないんだろうな」
「パウラの指示に従ったからね、取ってない」
「内容も、読んでないよな」
サンライズは、黙ってメモ帳を出して、うろ覚えの内容を紙に書き始めた。
「覚えていたのか?」
シェーンブルクが眠たげだった目を見開いた。




