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 03

「オヤジと別れてから二年くらいして、仕事でオーストラリアに行った時に向こうで現地の人にアタックされて、再婚して、ケアンズに住み始めたんだって。でもそこで何かと精神的にまいっちまったらしくて、入退院を繰り返してね」


 前に話に聞いた、母方の祖父のことを思い出した。

 自分や母親と同じような感応力を持ちながらも、ついに精神を病んで、病院で自ら死を選んだ祖父のことを。

 母も、結局のところあの『力』に押しつぶされてしまったのだろうか。


「結局、ブリスベンの施設に落ち着いたんだが……認知症の症状が出ちまって。

 まだ65かそこらだろう? 発病したのがケアンズで再婚してから間もなくのことだったらしいから……アルツハイマーって言ったかな? かなり長いこと、休んでいたらしいよ」

「そうなんだ」

 何だか、急にシゴトがどうでもよくなってしまった。『サンライズ』は完全にどこかに行ってしまったようだ。

 今、オレは単なるグダグダのオヤジでしかない。過去を引きずりまくっている。

 貴生はテーブルにひじをつき、顔をおおった。

 総一郎は気遣わしげな咳払いをした。

「おい、タカ」弟が動こうとしないので、

「この話はやめよう、もう」

 そうつぶやいた。が、貴生は顔をおおったまま

「どんな様子だったか、教えてくれ」

 ようやく、そう言った。

「……特に話せることがないんだ」総一郎は、昔から正直だった。

「何もかも忘れてしまったようで、英語にも日本語にも反応してるか分からない。オレが行った時にも、誰だか分かってなかったと思う。もちろん、オマエのことも話したよ、前にもらって帰った写真もみせた。

でも、何も言わなかったし……写真すら、手にとって見ようとしなかったんだ」

 もし亡くなったら、ドイツにも連絡をもらえるようには頼んである、今のところ連絡がないところをみると、まだ施設で暮らしているのでは、と総一郎は言葉を継いだ。

 話し終わってからもなお頭を抱えたままの彼の前で、総一郎は深く、ため息をついた。

「オマエのところも連絡先教えろ、住所はまだ手紙にあった所でいいんだろ? 電話番号とかメルアドあったら教えろよ。オレから直接電話なりメールなりするから」

「……行くよ」

「えっ?」総一郎はぎょっとしたように叫ぶ。「何?」

「ブリスベンだったっけ? 行ってみる、仕事済んだらすぐに。施設の名前を教えてよ」

「やめとけ」

 意地悪な口調ではない、本当に親身になって止めているらしい。

「わざわざ傷つきに行くことはない、オレもそうだけど、オマエも捨てられたんだぞ」

 なのにそれすら忘れているんだ、あの人、と続けた兄に貴生が食ってかかった。

「捨てたのはオヤジだぞ、アイツが浮気して母さんを捨てたんじゃねえか」

「待てよ」

「待てねえ」

「オマエ、それも知らなかったんだな……」

 総一郎の目には純粋に憐みの色しか浮かんでいない。

「浮気は確かにしてたけどさ、でもその前話し合おうとしたんだぜ、オヤジも。オマエには厳しいばっかりに見えたかも知んねえけどよ、すげえ悩んでたぜ。それにさ、ハンコ捺した離婚届だけ置いて手紙も無しで黙って出て行ったんだよ、ヒロママは」

「嘘だ」立ち上がった瞬間、テーブルの上のグラスが跳ね上がり、絨毯に落ちた。

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