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断片・鉛色の路地裏

 彼は注射器をそっと脇の小机に置いた。後で楽にしてやる、と言ったのは嘘ではなかった。しかし、すでに目の前の男はこと切れていた。

 椅子に縛りつけられ、その男は半分口をあけ、あごを上に向けた状態で、物言わぬかたまりと化していた。目を大きく開いていなければ疲れて眠っているだけのようにも見えた。眼鏡は取っていたが、鼻の付け根にまだくぼみが残っている。まなじりから頬にかけて涙が幾筋も白い跡を残していた。そっとまぶたを降ろしてやると、本当に眠りこんでいるようにみえた。

 彼は小机から眼鏡を取り上げて、自分の目の前にかざし、すぐやめた。かなり度がきつく、すぐ頭が痛くなりそうだった。似たような形のものをすぐ用意した方がいいだろう。

 もうすぐこの男を片付けに、メンバーが二人来てくれることになっていた。彼らは直接手を下すことを嫌い、こういう汚い仕事は彼に任せっきりだった。

 とりあえず、椅子から降ろしておこうと後ろに回した腕からロープを外そうとした。我ながらきっちりと縛れているせいか、結び目が緩まない。上着の裏からサヴァイバルナイフを出し、慎重にロープに当てた。別にその男の手首を切ろうがどうしようが既に痛みは感じないはずだが、それでも傷つけるのは最低限にしたかった。

 始めのうち、スタンガンの効果は絶大だった。始めて20分もしないうちに目の前の男は、彼が知りたい情報のあらかたを吐き出してしまっていた。

 そのうち、刺激に慣れてしまったせいか、男はまた黙りこんでじっと耐えるだけになった。元々のエージェントではなく、大学を出て建築か何かの事務所にいるところを、親戚のエージェントに頼まれて補佐をしただけだ、と言っていたがそれは彼らにも既に調べがついていた。

 こいつは単に運が悪かっただけ。我々軍隊蟻の行く先にたまたまピクニックをしていただけなのだ。そしてまるごと、食われてしまった。

 ようやく手首と腕のロープが外れた、身体がぐったりとしているので抱えて椅子から下ろすのは大変そうだった、わざわざ蹴り落とすことはない、後で来る奴らにそのくらいはやって貰おう。硬直は始まってないはずなのに、手の指が最後の苦悶を物語っていた。まるで美術の学生が作った石膏作品のように、無理なポーズが残っている。

 銀色にも近い男の髪から、そっとひと房掴み、ナイフを当てて切る。普段後ろで一つに束ねるらしく、その姿を何度か見ていた。これと同じようにはまとめられないから、かつらが必要になるだろう。資金を稼ぐためにやっている仕事なのに、余計な費用ばかり次々と発生する。

 彼は窓の外をみた。また雪になりそうだ。とにかく、陰気なこの季節にはいつも気が滅入った。クリスマスを一緒に祝う家族も恋人もいない。

 結局、あそこを出られたと言っても、孤独や絶望というものからは永遠に逃れられない。彼はうごかず、ベルリンの裏通りをずっとみつめていた。

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