02
「今度は注射はしない、シートを当ててこの場でやるか? それともバスルームで?」
注射もひどい仕打ちだが、今からやろうとしていることはもっとひどい。
すぐに何をされそうかに気づき、サンライズはとうとう音を上げた。
「降参する」
口をきいたが、プラータはこれは構わないようだった。
「カプセルはどこだ?」
「出せば黙って帰るか?」
「もちろん、ボクだってこんなことは好きじゃない。これで出てこなければ、今度は切り裂かなければならないしね、腹を」
サンライズは、最後の水を吐いた時に口の中に出ていた大きめのカプセルを、奥歯と唇の間から舌でシーツの上に押し出した。
プラータが戒めを半分まで解いて去ってからもしばらく、彼は動き出すことができなかった。
それでもだいぶ経ってからようやく残りのロープを解いて、浴槽にまではたどり着くことができた。
彼は小さな浴槽に、濡れた洗濯ものよろしくひっかかったまま、排水口の近くに転がっているゴム栓の黒い球をみつめていた。
へえ、蓋が真ん丸なんだ、へえ、フタがまんまるなんだな、ずっと関係ないことを思っていれば、忘れられるとでも?
ようやく、身体を起こす。もう束縛されていないので、どうにでも動きようはあるはずなのに、手も足もぎこちない。
無理やり吐かされたせいで、胃から喉にかけて締めつけられたようなひどい痛みがあった。
バスルームにはまだ汚物のすえた刺激臭がこもっている。日本のホテルのような換気扇は見当たらないので、しばらくはどうにもならないだろう。
このような目に遭ったこともまるでないわけではなかったが、今回はかなりのショックだったのか、ずっと足の震えが止まらない。
こんな異国の地で、それでも少しは信頼していた(そうだろうか? 彼の心の奥ではたびたび警鐘が鳴っていたのでは? 知らないフリをして目をつぶっていただけではないのか)知人からこうも簡単に拷問まがいの仕打ちを受け、すっかり搾り取られてしまうなんて。
カプセルを取られたことよりも、自分より立場が弱いと思っていた人物の圧倒的な力に屈服させられたことがなぜかひどく屈辱的に思え、彼は両手で顔を覆った。
よろめきながらバスルームから出て、ベッドの傍らに乱雑に積まれた衣服を鈍い動作のまま着ていく。
すっぱりと背中で断たれたシャツとランニングは丸めて壁に投げつける。
「畜生」こぶしをギリギリと噛んで、ベッドを叩きつける。泣けるなら泣きたかった。
「誰が泣くかバカ」唸って、がばっと立ち上がる。
恥ずかしめを受けたのではない、自分で強く言い聞かせる。
縛られて、無理やり脱がされて吐かされたのだ、どうにもできなかった。もう済んでしまったこと、取り返しはつかないのだ、そんなことでいつまでもクヨクヨしてどうする。
ここで殺されなかっただけでも、運がよかったと感謝すべきなんだ。
最低限のことはしておかないと、そう自らの弱気に鞭を入れる。
手はまだ震えていたが、通信機をサイドテーブルから取り上げてすぐにROCKERに連絡を入れた。
すでに副支部長も帰り、当直だけだというので、手短に今夜の件を報告する。英語の構文に気を遣うせいか、声に動揺が出にくいのが今は有難かった。
カプセルを持ち去られてしまったと告げると、すぐにパウラに連絡をとる、とあわてていた。
そこで待つように言われ「了解」と答えたが、通信を切ったとたん、なぜか座っていられない気分になって立ち上がり、部屋の中をうろうろし始める。
それでも駄目だ、ここから出ないと。息が詰まりそうだ。
上着をひっつかみ部屋を飛び出そうとした時、隅に、先ほどの写真が投げ捨ててあるのに気づいて拾い上げた。
プラータは一応、約束を守ったらしい。注射の前には確か四枚撮っていたと思ったが、四枚とも揃っていた。フラッシュの中に浮かぶ姿は妙に白く、長く見えた。ヘボカメラマンめ、これじゃあ誰だか判らないだろうさ、そう罵りつつも指先に力をこめて、ビリビリと引き破る。
何をしたいのか、すっかり混乱していた。彼はホテルの外に飛び出していった。




