白く眩しい光 01
盗聴されていたのだ、いくら単なる出張だとは言え、いくら不慣れな土地だったとは言え、誰かが部屋に入った理由をもっと深く考えるべきだった。
起き上がろうとしたが、すでに馬乗りになったプラータに口をふさがれた。
どう押さえられているのか、ぴくりとも動けない。口に何か押し込まれ、テープを上から巻かれたが、全く逆らえない。
プラータは黙って手際よく、彼の上に乗ったまま作業を進めていた。
まず手首を左右一つずつ分けて、一方は、腕を拡げてうつ伏せになるようにベッドの柵に留めつけている。
脚を留める前に、ズボンと下着を取る。「上は切らせてもらうよ」
カッターナイフのようなもので、背中から肩、腕の外側を注意深く切り裂いているのを感じた。あっという間に、エビのように殻を剥かれて丸裸になっていた。
プラータがカバンから何かを取り出した。平らな箱のような機械と、アルミの袋に入ったカードのようなものを出し、袋を開けて何か用意している。
「悪いけど、写真をとる」事務的な口調でプラータが続けた。
「作業中、騒がないでほしいから。もし一言でもしゃべったら、それと大きな音を出したらこの写真をROCKER経由でキミの会社にも送ってもらうからね」
言いながらも慣れた手つきでインスタントカメラにフィルムをセットしていた。
彼がきまじめな職人のごとき表情で、横から、後ろから、と写真を撮り歩く間、煮えくりかえるような思いで彼は顔をそむけていた。
口もふさがれて、それで口をきくな、だと?
急にぐい、とあごをつかまれ、彼の方を向かされた。フラッシュが目を焼いた。
絶対に、一言でも口をきけるようになったら、『シェイク』だ。メチャクチャ後悔させてやる。
目の中に燃えるようなそんな憎悪が見えたのか、プラータはわずかに目を伏せ、彼の顔をまたあちらに向けた。
次に出したものは、細い針の注射器。
ご丁寧にアルコール綿とピンセットまで持っている。彼は、
「動いても、同じだから」
と軽く言ってから、彼の肘内側に慎重に針を刺し、少し止めてから透明な薬液をゆっくりと注入した。
それから、すぐ枕元に椅子を運んで来て、そこに座った。
時計をみて、3分ほどたってから彼の口のテープを無造作に剥がす。
そのとたん、はげしい吐き気の波が押し寄せてきた。
間一髪、プラータが差し出したプラバックに、彼は大量に嘔吐する。
吐いて、吐いて、吐きまくった。以前カイシャの忘年会の後、タクシーを拾って春日に送ってもらったはいいが、途中で車を停めてもらい、どこかのマンションの庭に吐いた。こんな激しい嘔吐その時以来かもしれない。
吐いている間は案外普通のことを考えていた。
それにしてもあれは、カスガが悪い。ヤツが悪酔いしてノギを殴ったから、懸命に止めて、その後三次会まで付き合ってやったせいだ。
吐きながら、春日を思い、遠い日本を思い、よけいに切なくなった。
プラータが合間に背中をさすっている。自分でやらせておいて、ヘンな所で親切なのに、耐えられない程嫌悪感を覚え、吐き気に拍車がかかる。
ずいぶん吐いたと思ったのだが、彼が袋をいったん外してそれをバスルームに運ぼうとした時、また次の波が襲ってきた。
間に合わず、シーツを汚す。今度は黄色い水ばかりで、口が苦くなった。
ようやく吐き気が完全に収まった。ひゅうひゅうと喉が鳴っている。
プラータがちらっと吐いた部分を一通りながめ、バスタオルをその下に敷いた。
「済んだようだな」後は何も言わず、袋を持ってバスルームに入っていった。
サンライズはあとは目を閉じたまま、ぜいぜいとあえいでいた。
『シェイク』どころではなかった。
ヤツは悪人どころではない……悪魔だ。
とても太刀打ちできるとは思えない。早く目的を終えてこの場を立ち去ってくれるだけでいい。頼む、さっさとどこかに行って、二度と戻って来るな。
しばらく水を使っている音が響いていたが、やがてベッドの脇に彼が戻ってきたのがわかった。
「なかったよ」
プラータの目も見たくなかった。彼は顔をそむけたまま、じっとしていた。
「時間的には、出てくるはずだったのにな、上から」
ありきたりの口調に反応するように、むき出しの腕に鳥肌がたった。
また、がさごそとカバンから何か出そうとしていたので、仕方なく目をやった。
見なければよかった、とまた目を閉じる。




