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 私はしばらく食べ歩きをしなかった。

 ご馳走を目の前にして食欲が湧かない、という妙な経験をしたというだけでなく、こころちゃんが別れ際に告げた、

「食べられたの。パパ。ママはそれで壊れちゃった。そしてあたしも」

 という言葉が尾を引いていたからだった。

 人間を食べるような存在なんて、私しか心当たりがない。この幸せあふれる世界を、自分から終えようとする人間を生むほど、食べ歩きは被害者の周囲に影響を与えるということに、私は罪悪感を覚えたのだろう。

 食べないとお腹は空く。でも、普通の食べ物を買うのにはお金が必要で、私はそれを全く持ち合わせていなかった。

『静かに食事をしたい』と思えば、人間を食べているときでも周囲は特に気にかけず通り過ぎてくれることから、私には人間の記憶や認識を操作する力を持っていたことは確かだったが、当時の私は『普通の食べ物を売っている人間の記憶を操ってただでもらう』という発想に辿り着けなかった。

 お腹が減ったら、人を殺して食べる。味覚や空腹は満たされても、胸に大きな穴の開いたような気分を味わう日々が続いた。

 その中で、私にはある習慣がついた。

「いただきます」

「ごちそうさま」

 食前と食後に、そう付け加えることだった。

 胸の大きな穴は、それで少しは縮む感覚があったが、食事中にふと、こころちゃんの顔を思い出すと、それがさらに広がっていった。

 これを埋める手段を知りたい。私はそう願って眠りに落ちた。


「……ちゃん。起きて」

 眼を開くと、お兄ちゃんが私を覗き込んでいた。

「おはよう、早くしないと遅刻しちゃうよ」

 そう急かされて、私は布団から飛び出した。

キッチンには、女の人が立っている。

「おはよう。……ちゃん」

 女の人は私に向き直った。

 その顔は真っ黒な空間になっていた。でも、私が感じたのは、恐怖ではなく、寂しさだった。

 この役に該当するべき人の顔を、私はほとんど覚えていないからだな、と思った。

 私は顔のない女の人が作ってくれた朝食……サンドイッチを食べた。私の舌にはちょっと薄味だったけど、胸の穴がふさがっていく感覚を覚えた。

 私が求めているのは、こんな環境でいただく、こんな食事なのかもしれない。夢の中でも、私はそう感じた。

 でも、それを手に入れる術は思い当たらなかった。

 そして、もし手に入れたとしても、こころちゃんが持っていたであろうこのような環境を壊した前科のある自分は、これを享受していいのか、という疑問もあった。


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