食べ歩き
この日から、食べ歩きが始まった。
歳相応の好奇心を持っていた私は、色々と食べ比べてみた。
見るからに幸せそうなカップルは口の中に含んだ瞬間は甘みを感じるけど、後味にほのかな渋みがあった。
月明かりの下でバットを振る男の子は、口の中が燃えるような辛さだったけど、やめどきがわからなくなる風味があった。
夜の街に轟音を立てながら暴走する若者は、こってりしていて、沢山食べると胸焼けがするような感じだったけど一度に食べる量をほどほどにしておけば、ふとたまに食べたくなるような癖のある味がした。
アニメの女の子が描かれた車から出てきた、ちょっと雰囲気がお兄ちゃんに似ている男の人は、とーっても甘かった。
一見くたびれたようなおじさんは、口に含んだ瞬間は苦い。だけど、歯応えがあって、咀嚼すればするほど旨味がにじみ出てきて、飲み込むタイミングをつかめなくなるような珍味だった。
何をしても「ありがとう。嬉しいよお」しか言わないお婆ちゃんは、頭がふわーっとふらふらするような感じがした。
公園で会った変な男女二人みたいに、訳のわからないことを言いながら私を攻撃してくるような奴らも何人か食べた。口腔内が冷たくなって、呼吸がスーッとなるような、凛とした薄荷のような口当たりがした。
どんな属性の人間も、それぞれに独自の味があって、甲乙付けがたかった。
また、食べ方にも工夫を凝らした。
気付かれないうちに、バチンと破裂させてみたり、動けるまま腕とか足とか端っこのほうから食べていってみたり、二、三人ほど同時に襲ってみたときは、順番に一人ずつ食べていってみたり。
あと、私は食べるときは静かな方が好きで、ありがたいことに私が食事をするときは周囲の人は特に気にかけずに通り過ぎてしまうんだけど、気紛れに「ちょっと私が食べてるところを見て欲しいなあ」なんて思ったときもあった。人が多い場所だったから、もちろん大騒ぎになった。騒いでいる皆がおかしくて、もっと騒いで欲しくて目に付いた人をどんどん食べていったりしたこともあった。
でも結局、食べ方については「周囲に注目されず、相手にも気付かれずに静かに食べる」というのが一番美味しいと結論が出た。騒がれるのも楽しいけど、味そのものを楽しみたいときはこの食べ方に限る。
静かに食事を楽しんでいた私にいきなり攻撃してきた数人に対し、一人ずつ腹いせにわざとゆっくり手をそいで脚をもいで耳をつぶして眼を繰りぬいて髪を引っこ抜いて鼻を折って脚の間にあったものを切り刻んでおなかを抉って喉をつぶしていただいていったときは、段々と味が落ちていくのがわかって、最後の一人は食べ残してしまった。
小耳に挟んだことだが、動けなくなることを『死』というらしい。で、私たちのように動けているのが、『生』。
で、食べ歩きをして私が出した結論。
生きていることは、幸せ。
そして、この世界は幸せに満ちている。
だって、幸せな人間ほど美味しくて、今まで食べてきた人間はほとんど美味しい。
でも、死という恐怖におびえた人間は味が落ちるから。
なら、私はどんな味がするんだろう。腕に歯を立ててみた。
素っ気無かった。
なんでだろう。美味しい物に囲まれているのに。