御馳走
翌日、私はいつものように外出をしたとき、赤ちゃんを見かけた。
その子は、満面に慈しみの表情を浮かべている母親の腕の中で幸せそうに眠っていた。
そういえば、生まれてきてからの日数はあの子とそう変わらないはずなんだ。……でも、私とあの子では、境遇が懸け離れている。
片や、母親からの慈愛を存分に受け。
片や、母親から捨てられ、愛してくれた人、……お兄ちゃんを動けなくしてしまって、良くわからない人たちに痛いことをされる。
どうして、こんなに差があるんだろう。
「あれ、お姉ちゃん、どうしたの?」
母親が、慈しみの表情を崩さないまま、話しかけてきた。私の足は、無意識に二人のほうへ向かっていたようだった。
「ふふ、やっぱりお姉ちゃんぐらいの子でも、赤ちゃんって、可愛いっておもうんだ?」
赤ちゃんを食い入るように見つめる私を見て、母親はそう勘違いしたようだった。
だけど、私が抱いたのは……まったく別の二つの感情だった
……私には、投げかけられることがなかった視線を受け、母親の愛という極上のベッドで、無防備に眠る赤ちゃん。
自分には無縁の物を一身に享受できることに対する、嫉妬。
そして、この子の体液を飲みたい。という、食欲。
昨日のあった幸せそうな奴らの体液は、美味しかった。でも、奴等からは、どこか、今以上に幸せになりたいという気持ちが言葉の隅々に感じられた。
ならば……今目の前にいる、この子はどれほどの美味なんだろう。
そう考えたら、玉のような赤ちゃんは、風船が割れるみたいに破裂して、中の物を飛び散らせた。
その破片が、私の口に入った。
それは、ほんのわずかだったけど、口の中だけじゃなく、私の小さな身体全体に、「美味しい」という快感が駆け廻った。
もっと、食べたい。
私は四散した赤ちゃんのかけらを、拾っては口の中にいれ、快感に身を悶えさせては、また次のかけらを探して拾って食べる、という動作を繰り返した。
母親は、途中叫び声を上げ、それに応じて沢山の人が集まってきた。
でも、私は食べながら思った。
「ご馳走の途中なんだから、静かにして欲しいなあ」と。
すると、集まってきた人たちは特に何も見なかったかのように立ち去って、新たに足を止め私を見る人も現れなかった。
呆然としていた母親も、傍らにおいてあった誰もいないベビーカーを押して、どこかに去っていってしまった。
周囲に誰もいなくなり、心置きなく堪能する私は、再確認した。
やっぱり、幸せそうな奴は美味しいんだ、と。