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彷徨・邂逅

 私は一人で外に出ることが多くなった。お兄ちゃんからは「外は怖い人がたくさんいるから、出ちゃダメだよ」と聞かされていたが、お兄ちゃんのいないこの家で、一人何もせずにいるのは辛かったから、外に出るたびに「お兄ちゃん、ごめんなさい。行ってきます」と、誰もいない部屋に向かって告げた。

 私がロッカーに入れられ、お母さんの体液を平らげ、お兄ちゃんと出会ったのは夜だったから知らなかったけど、昼間の外には人が沢山いた。

 でも、その人たちは一人で出歩く私に一瞥をくれることはあっても、気遣ってくれることはなかった。

 往来の中、私は何組もの親子を見た。

 手をつないで歩いていたり、一緒に歌を口ずさんでいたり、子供の我侭を親が諌めていたり、その様はそれぞれ違っていた。

 でも、私には、どの親子も、互いに必要としあっているように見えた。そしてそれがあるべき姿だとわかってしまい、自分の存在そのものが、親にさえ必要とされていなかったことが理解できてしまった。

 救いの手を差し伸べてくれたお兄ちゃんを動けなくしてしまったことと同じぐらいに、それは悲しいことだと思う。

 お母さんやお兄ちゃんみたいに、動かなくなったら楽になれるかもしれないとも思った。その手段はわかっている。身体に流れる体液を出しちゃえばいい。でも、そうすることは出来なかった。動けなくなるのも、きっと怖いことだから。

 昼は人の間を彷徨い、夜は私しかいなくなった家で夜露を凌ぐだけの日々が続いた。

 お兄ちゃんと会いたい。

 お話がしたい。

 お風呂に入りたい。

 身体を合わせたい。

 ……あんなことさえ思いつかなければ。

 ……お兄ちゃんが苦しんだときにやめておけば。

 後悔だけの日々を、私は送った。


 ある日私はお兄ちゃんが見せてくれたアニメに出てきた、公園と呼ばれる場所に行った。

 外に出してもらえなかった私は遊具で遊ぶことに憧れを抱いていたし、何より私と同じくらいの子供が集まって遊ぶ場所らしいから、もしかしたら私にかまってくれる人がいるかもしれないと期待を込めて。

 だけど、そこには誰もいなかった。

『よいこはゆうぐであそばないでね』

『こうえんでぼーるあそびはしないでね』

 ポップな字体で書かれた看板の言いつけを素直に守ったら、誰もいなくなるのは当たり前だった。

 私は看板の戒めを破り、ブランコを一人、こぎ続けた。


 いつの間にか、夜の帳は下りていた。

 辺りを見やると、ベンチに一組の男女が座って、こそこそ話しをしていた。距離はあるのに、その内容は聞き取れた。

「……隔世遺伝でも伝染でもない、突然変異なんでしょ? どうしてさくっとやっちゃわないの?」

「それがさあ……あの子、まだ生まれたばかりで、しかも変異した理由が、コインロッカーベイビーで生きるために変異するしかなかったかららしいんだよ。しかも親を食い殺した後、変態に監禁されていたらしい。そんな子を殺すのは、どうも、気乗りがしなくてさあ」

「……そうだったんだ。でも、そこは割り切ってくれなきゃ。辛いのはわかるけど」

「……そうだよなあ。それが、あの子を楽にしてあげる唯一の手段だよな。

 二人が言っている意味は良くわからなかったが、どうやら私のことを話しているみたいだった。何となく、私を哀れんでくれているような気がする。

 もしかしたら、お兄ちゃんみたいに、私に優しくしてくれるかもしれない。私は二人に近づいていった。

「あの……あなたたち、私に優しくしてくれようとしているんですか?」

 そして、勇気を出して話しかけてみた。すると、女性のほうがは申し訳なさそうに口を開いた。

「……ごめんね。私達」

 すると一転、今度は何が起こっても何も感じないような表情になって

「――あなたを、殺しに来たのよ」

 と宣言した。同時に、ドン、という音が六回、私の耳に響き、眉間に、胸に、両腕に、両足に、激痛が走った。

視界には、半円の月と、切なそうに煌く星達が写った。仰向けに倒れたんだ。

「特別製弾丸。戦闘力の低い突然変異なら一発で十分でしょ」

 女の人は私を見下してそう言った。

 私は手に自分の額を当てた。

 真っ赤になっていた。体液が外に出ている。

 きっとこの人たちは、私を動けなくしたいんだ。

 それでも良いかな、なんて思った。

「……相変わらず、ビジネスライクだな」

「……前、あなた敵に情けをかけて、不意打ちされたことがあったでしょ。あの時、もうあえなくなるんじゃないかって思った。だから、もう仕事のときは容赦しないって決めた」

「……そっか」

 男のほうは照れくさそうに俯いた。

「あなたも、もっとしっかりしてよ。あたしたちを守ってよね」

「……そうだよな。ごめんな。身重なのに無理させちゃって」

 話を聞いていて、わかった。この二人は、特別な仲なんだ。


 お互いがいるだけで、幸せを感じられるような、そんな仲。

 お兄ちゃんと私よりも、違和感なく愛し合える仲。

 私を動けなくしようとしているのに、ずるい。

 何だか、腹が立ってきた。

 私も、そんな感情を抱いてみたい。

 でも、私の身体からはどんどん真っ赤な体液が流れ出ていって。動けなくなるのに近づいてきている。

 やっぱり、もっと生きていたい。

 色んなことを知って、たくさんの人と出会って、大切な人を見つけたい。

 だから……

 流れ出ていく私の体液の代わりに、あの人たちの体液を取り込まなきゃ。

 そう念じると、二人の身体は飛び散った。

 真っ赤な液体を、私は文字通り浴びるほど飲んだ。

 お母さんのを飲んだときは、本能のままに。

 お兄ちゃんのを飲んだときは、寂しさとともに。

 そして……この男と、女と、女の中にいた子の体液を飲んだとき覚えたのは、『幸せそうな奴らの体液は美味しい』ということだった。


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