お兄ちゃん
今は満腹だけど、きっといつかお腹は減る。
食べる物を手に入れる当てはないけど、今の私の口なら、お母さんの体液じゃなくても、擂り潰して飲み込めるし、多分大丈夫。私は歩き出した。
「どうしたのお嬢ちゃん。そんな格好して?」
声がしたほうを見上げると、お母さんと同じぐらい大きな、でもお母さんや私とは身体の造りが違う……男の人が立っていた。
「風邪引いちゃうよ? 僕が暖めてあげるから、着いておいで」
その人の言っている意味が、生まれてすぐの私には理解できなかったことは、衣食住が最優先だった当時の私にとって、幸いだったと思う。その人は決して嘘はついていなかったし、注がれる愛情に情欲が混じっていたこと以外は、優しい人だった。
この人とずっと一緒に暮らしていても、歪んだ幸せを手に入れることならば、きっと出来た。この人と別れてからの生活と比較すると、一緒に暮らしていたときのほうが幸せだったと断言できる。
だけど、私は勘違いをして、それを放棄してしまった。
常識というものを教わった今思い返すと、狂気の沙汰とも言える日々に呼ばれていた名前を今でも名乗るのは、その人がくれた歪んだ幸せと、常識的な幸せ、どちらがよりよいものか、未だに答えが出てないからかもしれない。
その人は、自分のことを『お兄ちゃん』と呼んで欲しいと言った。だから、私はそう呼ぶことにした。
お兄ちゃんは全裸の私を自分の家まで連れて行き、一緒にお風呂に入ってくれた。温かいお湯は気持ちよかったけど、ちょっと前までいた羊水の中を思い出して、ああ、お母さんの中にはもう戻れないな何て考えたりもした。
そして、お兄ちゃんは念入りに……乳首や脚の間までまさぐる様に洗ってくれた。逆に洗ってあげたりもした。そのときに、ある疑問が生じた。
お風呂から出て、男の一人暮らしだったはずのお兄ちゃんからもらったぴったりサイズのパジャマを身に纏って、一緒の布団で横になっているときに、お兄ちゃんにその疑問をぶつけてみた。
「ねえおにいちゃん」
「ん、なあに?」
「わたしとおにいちゃんとで、あしのあいだにあるものがちがうのはどうして?」
「知りたい?」
「うん」
「じゃあ服を脱いでみて」
私は言われた通りにすると、お兄ちゃんも服を脱いだ。お風呂で見たときより、大きくなっていた。
「こうするためだよ」
息も荒くなっていたお兄ちゃんは、私に覆いかぶさって、言葉ではなく行動で説明した。
私がそのとき感じたのは、「痛い」でも「気持ち悪い」でも、「気持ち良い」でもなくて、「これは自分にはまだ早い」ということだった。
それから行為は毎晩にも及んだ。
お兄ちゃんは私を気遣いながらしてくれたし、決して不快ではなかった。ただ、「自分にはまだ早い」という違和感だけは拭い去ることは出来なかった。
そこで、私は経験に基づいてある仮説を立ててみて、それを実行に移した。
「ねえおにいちゃん。してみたいことがあるんだ」
私はそうお願いした。お兄ちゃんは、私のお願いなら何でも聞いてくれる人だった。
そして私はお兄ちゃんの性器に口を付けて。
それに歯を立てた。
私は、お母さんの体液を吸い尽くした後、生後数日にもなっていないのに幼稚園児程度の身体と知識を手に入れた。
ならば、「自分にはまだ早い行為」をしてくれるお兄ちゃんから体液をもらえば、大好きなお兄ちゃんと身体を合わせることをもっと楽しめるんじゃないかと考えての行動だった。
お兄ちゃんは苦痛に声をあげたが、本人から許可をもらったことだし、ちょっと我慢してもらうことにした。
でも、なかなか、いつもお兄ちゃんがくれる液体は出てこない。
焦れた私は、顎に強く力を込めた。
すると、お兄ちゃんは仰向けに倒れた。でも、私の口の中には、お兄ちゃんのものが確かにある。
噛み千切ってしまったのだ。
お兄ちゃんは叫び声をあげながら悶絶している。
調子に乗ってひどいことをしてしまった。とりあえず、お兄ちゃんから教わった「傷口は舐めれば治る」を実践してみるが、お兄ちゃんの容態が改善することはなかった。とばとばと股から赤い液体が流れ出る。
そして、ついにお兄ちゃんは動かなくなってしまった。
次第に、あんなにあったかかったお兄ちゃんは冷たくなっていってしまった。
それでも、私は固くなった傷口を舐め続けた。
そんな日々を送っていると、お兄ちゃんは目を覚ました。
でも、身体は冷たいままで、動きも何だかぎこちなくて、何よりもしかしたら違和感が払拭されているかもしれない「自分にはまだ早い行為」をしてくれなくなった。
もう私が大好きだったお兄ちゃんはいない。
そう悟ったとき、お兄ちゃんは動かなくなってしまった。
動かなくなったお兄ちゃんを見るのは辛かった。
だから、ちぎっては口の中にいれ、歯で噛んで、喉を通してお腹に納めた。
美味しかったけど、寂しかった。