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9◇どうか平穏無事に日々を過ごせますよう

 雨降って地固まるというヤツではないが、ロボット騒動後、少しだけトリビーのことを許せるようになってきた。というか、あれ以上のことはないだろうと思うようになってきただけかも知れないが。

 これは相当ヤバイ状況じゃないかと、ロボット……というか、ロボットに変形した我が家の中にいたときも思っていたんだけど、やはり想像以上にやばいことになっていたようだ。


 ロボット出現の噂を聞きつけて、テレビ局や新聞社が一週間くらい、ウチの周囲や近所をうろついていた。何事もなかったように、元通りになった家は、すっかり住宅街に紛れ、もうロボットに変形する予定はない。――トリビーの気まぐれが無い限り。

 もし次に変形するようなことがあれば、本気でマスコミに売るぞと脅しをかけたが、少しは効いたのだろうか。数日経ったら忘れそうな気もするが。

 かといって、完全に風化するかというと、そんなことはない。

 今はインターネットという、不必要なくらい便利なネットワークが発達していて、動画サイトに『【無修正】住宅街にロボット出現【ついにここまで来た】』とか『【日本始まったな】巨大ロボ現る【誰が作った?】』とか、適当なタイトルで動画が大量にアップロードされている。このアクセス数が世界中でとんでもないことになっていて、一部、百万アクセスを超えたという噂もあるんだから、隠しようにも隠しきれない、恐ろしい時代だ。


 俺もいくつか動画を見てみた。

 自分の家がどう変形したのか、ビジュアル的にどうだったのか、興味があった。だって、ダッサいロボに乗ってたらショックが更に大きくなる。せめて、超格好良かったら、ちょっとは救われるかな、と思ったのだ。

 で、感想はと言うと、まあまあ、かな。やっぱり、家がベースになってるから、壁材や屋根材がそのまんまだし、雨樋やら物干し台やら、どうにか出来なかったのだろうかと思うようなオプションもそのまんま利用されていた。顔は戦隊モノのロボ並に格好良かったんだけど、どうしててっぺんのアンテナはそのままなのか……兜の形に変形した屋根材の中央に、カブトムシの角みたいにアンテナがビンと伸びてるのが、滑稽なんだが。とはいえ、勝手になくされていたら、元に戻ったときに困ってたんだ、そこは許そう。

 雨戸が閉まってからの動画――飛行モードのヤツは、画像が粗く、はっきりとビジュアルが拝めなかったのが残念だ。

 ん? 残念だとか、なんかおかしいな。元々、あっちゃいけない事態だったのに、ビジュアルに期待する方がおかしい。

 どうも、毎日非日常的すぎて、感覚がズレてきているような気がする。


 ニュース番組はリアルタイムでは見れなかったので、ネットにアップされた動画をちらちらと見た。というか、見せつけられた。

 友達からも、ひっきりなしに動画添付でメールが届いた。


『お前も見たか』


『孝史の家に似てたな』


『絵理の弟が操縦してたってホント?』


 ――ああ、やっぱり。絵理のヤツめ、家族ぐるみで言いふらしたな。ウチにマスコミが来ないのが奇跡としか思えないレベルで言いふらしたな。

 仮に、コイツらがネットの掲示板なりブログなりに個人情報丸出しで書き込みしていれば、下手したら俺んちが割れて、あっという間にマスコミが周囲をグルッと囲い、家から出るに出られぬ最悪な事態になりかねない。

 個人情報書き込まなかったとしても、もしかしたら、俺んちが変形したってバレるのは時間の問題かも知れないけど。

 屋根や壁、アンテナ、玄関扉までそのまんまなんだから、バレない方がおかしいったらおかしいわけで。家がロボットに変形するっていう発想に、マスコミ側が辿り着けば、の話だが。


 俺はとにかく、どんなにメールが来ようとも、無視を決め込んだ。下手な返信は命取りだ。噂が風化するのを待つのみ。

 夏休みが明けるころには、ロボットのことなどみんな忘れているに違いない……忘れていてくれ!



 *



 と、ロボに変形したことで、マイナスばかりが目立ってしまうが、多少よいこともあったのは否めない。

 何がどうしてそうなったか、俺には理解できないし、トリビーのヤツに説明されても全く飲み込めなかったが、どうやら、ウチは自家発電できるようになったそうだ。

 確かに、ロボットとして二足歩行していたときも、ちゃんと家電は動いてた。森の中に飛ばされたときは電気が通って無くて相当苦労したんだけど。

 電気料金が右肩上がりの今日、俺んちの電気代は無料。


「電力会社から買わなくてもいいなんて最高だな」


 と、父ちゃんも大喜びだ。

 問題は、その発電方法なんだが、太陽光発電かと思えばそうでもないし、風力でもないという。


「詳しく説明すると、近隣住民がみんな避難すると思うから、知らない方が良いと思うよ」


 トリビーがニコッと笑って誤魔化したのを見ると、今流行の原子力発電ではない……よな、まさか、そんなこと。いや、わからんぞ。宇宙ではそれがスタンダードだったり、ヤツの星では小型・安全化された原子力発電装置が開発されているかも知れん。

 そうはいっても、原発反対運動巻き起こるこのご時世に、まさか一般家庭に原子力発電装置が設置されているなんて知れたら――いや、原子力って決まったわけじゃないんだけど、やっぱりダメだろうな。原子力とは行かないまでも、地球上で確立されていない方法での発電方法で、安全確認できていないとか……。

 邪推すべきでないな。

 聞かない方が、理解しない方が良いと言われたら、はいそうですねと素直にうなずく勇気も必要である。



 *



 そんなこんなで、今まで徹底的に節電だと訴えていた父ちゃんも、エアコンの恩恵にあずかれるようになり、ご機嫌だ。これで我が家の酷暑対策は完璧となった。

 文明の利器だ、エアコン最高。

 毎晩寝苦しいのがイヤで、ここんところは毎日、エアコンがついてるリビングの床に布団敷いて寝てる。ベッドに比べてちょっと固いが、暑苦しい俺の部屋に比べりゃマシだ。

 父ちゃんと母ちゃんは、電気代が無料になったんならと、この間早速家電屋でエアコン買って寝室に設置していた。

 俺の部屋にエアコン設置の順番が回ってくるのは、もうちょっと先のようだが、リビングでも問題ない。今年はここで寝る。



 *



 って、ここまで言っててすっかり忘れていたけれど、あの緑星人トリビーはと言うと、結局、橋田家から我が佐名田家に戻ってきてしまった。むしろ、俺が連れ戻した。

 あんなに嫌がっていた宇宙人をなんでわざわざ隣んちから連れ帰ったかというと、あの一家とつるんで、また何か騒動が起きてしまっては困るからだ。


 ロボット騒動があった日の、夜のことだ。

 やっと我が家が敷地内に戻って、ロボットから家の形に戻り、ステルスモードを解くと、隣ん家の二階の窓がガラッと開いて、あの迷惑姉弟がデカイ声で叫んできた。


「ロボット、超面白かったね! トリビー最高! 今度何やるか、また一緒に考えようよ!」


 壮太の悪気のない言葉が、グサグサと俺の心に刺さりまくった。

 二階の窓から顔を出し、


「トリビーは二度と行かせねぇよ、ぶぁ~か!」


 思い切り口の両端を指で開いて、右手の親指を下向きに上下した。

 何の合図かも知らず、あの馬鹿小学生め、


「え~、なんでさ~。ホラ、姉ちゃんの胸に挟まって寝るの、よかったでしょ。またやってもいいからさぁ~」


 お前の姉ちゃんはそんなことをしていたのか、おいおい、想像しちまったじゃねぇか。羨ましいヤツめ……。

 ここで普通の姉なら『やめなさい、恥ずかしいでしょ』とでも言うところが、あのアホツインテールときたら、


「そうだよぅ。トリビーちゃん、おいでぇ~。孝史の汗臭いのと一緒に寝なくてもいいじゃん。あたしの胸の中に、来・て・よ・ねぇ」


 アニメ声で宇宙人に色気使ってどうするよ。

 肝心のトリビーはと言うと、丁度母ちゃんと一緒に、一階のリビングの片付けをしているところで、馬鹿姉弟の声は届いていない様子。

 トリビーがいる限り、安息の日々が来ることはまずないだろうと予想は出来るが、それ以上に、トリビーと馬鹿姉弟の組み合わせは危険だ、危険すぎる。


「お前んとこには行かせねぇよ。絶対な!」


 そんで、ピシャリと窓を閉めて――結局、俺んちで、宇宙人かくまい続けることになっちゃったんだよな。


 退屈はしないけどね。

 色々とありすぎて、凄く疲れる。


 近所に、小さい子がたくさんいる家があって、毎日大変なのよとそこの奥さんが母ちゃんとウチの前で話しているのを耳にしたが、アレと比べてどうなんだろうか。小さい子……四歳くらいまでの年子で三人、だったかな。まだ話も通じないし、意思疎通しようにも、子供の言いたいことがよくわからなくて、泣かれたり、暴れられたり、散々だって愚痴こぼしてた。


「子供が小さいときは、仕方ないわよ。少しずつ、大人の言ってること理解できるようになるから、無理せずのんびり待つしかないかもね」


 一人しか育ててないとはいえ、子育ての先輩面した母ちゃんが、そうアドバイスしてたっけ。

 俺も、小さかった頃は、意思疎通の難しい宇宙人みたいな存在だったわけだ。

 ……トリビーのヤツも、まあ、イタズラレベルが計り知れないけど、文化も育ってきた環境も、何もかもが違う、宇宙人なわけで。

 本当に宇宙船から落っこちたのか、落っこちたふりをしているのか、何か明確な目的があるのか、人類をどうにかしようとしているのか、さっぱりわからないが、慣れないところで、苦労していると言えば苦労しているのかも知れない。

 あの、フェルト地に刺繍糸の顔からは、ほとんど表情も読み取れないけどな。


 一応、形式だけかも知れないが、ヤツは謝った。


『ゴメンね、君を悲しませようとしたわけじゃないんだよ』


 あれは、何だかじんわりきた。普段、誰かに何をされたからって、別に謝られるようなこと、ないしな。

 友達から聞く『ゴメン』より、重みのある『ゴメン』だった。そう、受け止めてしまっただけかも知れないが。


 遊んで欲しくて、イタズラするのと、迷惑をかけるのは、全然違う。

 俺は子供に説教するみたいに、ヤツを叱ってやりたかった。

 だが、あのぬいぐるみの緩んだ顔を見ると、そこまでする必要も無いかと、ため息一つで終えてしまう。

 母ちゃんも、こんな気持ちなんだろうか。あるいは、近所の子だくさん主婦も。


 かといって、ヤツを年端のいかない子供と同じだと思ってはいけない。れっきとした宇宙人(本人談)なのだ。



 *



 ロボット騒動のあとだが、やはり後日談があって、これがまた、面倒くさいのなんの。

 あの緑野郎め、俺んちと絵理んちのリモコンやらコントローラーやらに、変な仕掛けをまだまだたくさん残してやがった。『家をロボットに変形させるボタン』『歩行ボタン』『飛行モードボタン』『ステルスボタン』等々、ロボット騒動の日に判明した機能はことごとく消させたんだが、偶に、トリビーですらすっかり忘れていたとかで、変な装置がふとして起動することがある。


 いつだったか、父ちゃんが、扇風機用リモコンの、普段はほとんど使わないタイマーボタンをポチッと押したら、これまた大変なことになってだな……。血圧低い父ちゃんは、突然のことに意識失いかけてたっけ。

 何があったって……、話すのも嫌になるが、また、変形したんだよ。

 その時は、家の外部がロボに変形したんじゃなくて、部屋がめちゃめちゃに入れ替わったんだけど。ヤツめ、またしらばっくれて、


「亜空間の扉が開いたんだよぅ」


 などと、誰が信じるか、このアホ宇宙人め。

 トイレに入ろうとしたら両親の寝室だったり、風呂に入ろうかと洗面所で服脱いで風呂の扉開けたら外だったり、散々だったじゃないか。もうちょっとで、わいせつ罪で連行されそうだったよ、……父ちゃんが。

 日中やられたい放題されてる俺や母ちゃんはだんだん免役出来てきてたけどさ、父ちゃんはほとんど免疫ないんだから、心臓止まりそうにもなるよ。やめて欲しい。


 それから、ちまちまとしたイタズラは、やめられない性分なんだろうな、テレビのチャンネル、どこに変えても同じ番組になるようにしといたりだとか、必ずトイレットペーパーの替えがトイレの外に置いてあったりだとか、靴が左右逆になっていたり、服が裏返しに畳んであったり……その努力、どうして有効的に使わないんだ。


 結局、ヤツが俺の部屋に夜中現れてから、十日近く経った。

 俺はヤツがなぜ俺んちにやってきたのか、ことある毎に尋ねてみたが、ほとんどまともには答えてくれなかった。


「タカシ君、いじりがいあるじゃん?」


「タカシ君て、良い反応するよね」


 絵理みたいなことばっか言って、はぐらかす。


 だけど、俺みたいな平凡な中学生にだって、なんとなく、わかっていることがあった。

 トリビーは、俺たちに、何か隠しごとをしているってこと。

 俺たちのことを頼って、溶け込もうとしているように見えても、何だか、どこかでフッと、糸が切れる。宇宙に行ってしまったときの『ゴメン』のように、何かに遠慮しているような、何だか本当に溶け込めてはいないような。――だから、母ちゃんを洗脳してるのかも……これは、確実ではないのだけど、そうなのかも知れない。



 *



 入道雲がぐんぐんと背伸びして、久しぶりにザバーッと気持ちの良い雨の降った日曜日。

 火照りすぎた街がゆっくりと冷やされ、少しだけ涼しい風がサーッと家の中を抜けた。

 外出と言っても、コンビニくらいにしか行ってなかった俺に、友達からのメール。


『みんなで公園に集まるけど、お前も来る?』


 気分転換に良いかもなって、俺は『行くよ』と返事した。


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