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4◆暑苦しいっ!!

「やっぱ、スーパーは涼しいわね。朝早くから営業してくれるようになって、ホント助かるわ。特に、冷房費が」


 母ちゃん、それ、根本的に何かが間違ってる。

 今日もママ友……いや、そもそもママという年ではないが、とりあえずママ友同士で待ち合わせし、徹底的に涼んできたようだ。ウインドウショッピングというより、完全なる避暑だ。

 何か買い物してきたかと思えば、牛乳卵にサラダ菜ぐらい。何時間も店内うろついているクセに、完全に、迷惑な客レベルの買い物量だな。


「トリビーちゃん、暑かったら脱いでいいのよ。緑のお洋服、蒸し蒸しするでしょ」


 ダイニングテーブルに買い物袋を無造作に置いて、緑のぬいぐるみと違和感なく喋るアラフォー主婦。

 だれか、俺の代わりに色々突っ込んでくれ。


「そんなことないですよ、お母様。コレはあくまで仮の姿、地球人の前で本当の姿をお見せすることの出来ない我がままをお許しください。こう見えて、中身はかなり快適なのです。そもそも、ボクのいた星は、もっともっと暑いところでしたから。地球で言うところの、砂漠みたいな感じです」


「へぇ~。いろんな場所があるのね、宇宙って広いわぁ」


『広いわぁ』じゃない。

 いつまで世間話調にとんでもない会話続けるつもりなんだこの主婦とぬいぐるみは。

 ギリギリと歯を鳴らしながら睨み付けてる俺に気づき、ようやく母ちゃんがこっちを向いた。


「やだ、孝史ったら、トリビーちゃんとお母ちゃんの仲に嫉妬しているのね」


「違うって」


 いい加減、疲れてきた。なんだコイツら。



 *



 昨晩俺の部屋に忍び込んできた、宇宙人だかぬいぐるみだかわからない、緑の物体は、俺が寝て起きるまでの間に母ちゃんに取り入った。で、意気投合した。そういうことか。

 にしても、どんな暗示をかけたんだ。

 どうやらトリビーには、超能力のようなヤツがあるらしい。

 食べ物を浮かせたり、自由に動かしたり、バリアーのようなモノで攻撃を弾いたり。あとは、そうだ、一番怪しいのは、あの身体。なんでフェルトなのか、結局わからずじまい。ヘルメットの中身だって、どうなってるのか、わかったもんじゃない。

 怪しいにもほどがある、中学生の俺にだってわかる。なのに、いい大人が違和感なく自然に会話してるなんて、変な暗示をかけたに決まってる。

 その証拠に、


「母ちゃん、そのぬいぐるみ、絶対おかしいぜ。なんかある。気持ち悪いから、どっかに捨てた方が身のためだって」


 俺が言うと、


「そりゃ、宇宙人だもの。多少おかしくて当然でしょ」


 母ちゃんはあっけらかんとして、こう答えてきた。


 俺の名前だって、ヤツは最初から知っていた。

『やぁ、タカシ君、こんばんは』だなんて、おかしいにもほどがあるだろ。いくら暑くてだるくて眠かったからって言っても、そのくらい判別できる。



 *



 夏休みに入って連続何日目かの生卵入りサラダそうめんをすすりつつ、俺は、ダイニングテーブルの上、ざるにのっけられたそうめんを興味深げに覗くトリビーをじっと観察していた。

 長くて細いそうめんが、コイツには珍しいのか。

 あいにくだが、俺は毎日食っている。サラダの中身は多少変化するが、サニーレタスがサラダ菜に変わったり、偶にコーンがのっかったりするくらいで、基本は全く変わらない。毎度同じメニュー食わされる身にもなって欲しいが、確かに暑くて食欲無いときは、そうめんに限るのだ。めんつゆに飽きたら、マヨネーズや食べるラー油で味を調整。そうすれば、毎日でも変化が出せる。応用が利くと思えば、何とか我慢も出来るもんだ。

 ヤツはフェルトの手で、麺を一本つまみ、そのままゆっくりと浮かび上がった。どうやら、麺の長さが知りたいらしい。両手でしっかりと麺の端を握り、三〇センチくらい浮かんだところで、麺がざるから完全に離れた。


「おお~」


 感動したようだ。

 いつもは点みたいな刺繍糸の目が、少女漫画みたいなキラキラに変わっている。なんてわざとらしい演出。

 キョロキョロと、俺と母ちゃんが食ってるのを見て、自分もとばかりに、麺を口に……って、どうやって食うんだ。フェルト地だろ。

 

 ……スルッと、麺がフェルトに吸い込まれていく。


 俺は思わず、箸を落とした。口に麺をくわえたまま、動けなくなった。

 何かがおかしい。

 ヤツのあそこは、あくまでフェルト地に赤茶の刺繍糸で縫い付けられた口のような場所だ。体内に養分を取り込むための、穴などない。しかし、そうめんは、口のような場所でスッと消える。

 一体どういう仕組みなんだ……。

 考えたくはないが、もしかしてあの中身は、触手が何本も生えたタコかクラゲのようなヤツで、人間の目には見えないくらいのスピードで、フェルト地の隙間からシュワッと触手を伸ばし、体内に取り込んでいるとでもいうのか。いや、ゲル状の物体かも知れない。口の辺りで、食べ物を瞬時に溶かし、消化吸収している、とも考えられる。フェルト地が直接、養分を吸っている可能性だってある。


 つか、ぬいぐるみがそうめんを食うとは、なんとシュールな……。

 でもって、それをまた違和感なく見ている母ちゃんも母ちゃんだ。


「トリビーちゃん、食べるのもお上手ね。地球の食べ物は美味しい?」


「美味しいですぅ。お母様、料理お上手なんですね」


 そうめんに、料理上手もクソもあるか。

 って、それで喜ぶなよ母ちゃん……。


 いい加減突っ込みも疲れてきた頃には飯も終わり、午後、またグッタリとした時間が始まる。

 確か、これから更に気温が上がる予報だ。

 ガリガリ君でも食いたい……、とも思ったが、小遣いのほとんどを新作ゲームに費やしてしまった。ガリガリ君を毎日食うには多少勇気のいる残金。ものすごく梨味が食べたかったが、変な宇宙人(?)ぬいぐるみ(?)もいるし、外に出ない方がいいのかも知れない。

 本当に、母ちゃんの言うように、宇宙船から落っこちて助けを求めに来ただけなのか?

 嘘くさい。

 俺の名前だって、絵理のことだって知ってたクセに。


 仕方なく、俺は台所へ行き、冷蔵庫の前に立った。下から二段目の製氷室の扉を開け、できあがったばかりの氷を口に放り込む。内側の粘膜に一度くっつき、唾液で溶ける。口の中から冷気がブワッと出て、心なしか涼しくなった。


「今日はコレで行くか……。貧乏人には、ガリガリ君など、高嶺の花だしな」


 我ながら全くセンスのない比喩をしたところで振り向くと、ニカッと緑のヤツが笑っている。


「なんだ……? お前も欲しいのかよ、氷」


 ブンブンと顔を横に振るも、全く目線を変えない辺り、何か嫌な予感がする。

 刺繍糸のつぶらな瞳そのままで、口だけ異様に横に広げやがって。明らかに何か企んでいる顔じゃないか。


「冷たいのが好きなの? 冷たくなりたいの?」


「いや、涼しいのが好き。冷たいのはイヤだ」


「ホントは冷たいのが好きなんでしょ? 氷とか? アイスとか?」


「涼しいのがいい。寒いのはイヤだ」


 イエスと言ったら何かが起こる。自分で切っ掛けを作ることだけは避けなければ。

 ああ、微妙な表情で迫るな。近い。近い……! いくらフェルト地でも、お前とだけはちゅーなどしたくないっ!


「……そうよね、この家、暑いし、冷たいのはいいかもね」


 節電と言っている割に、午後の奥様向けドラマタイムを欠かさず観ている母ちゃんが、リビングから声を上げる。

 余計なことを。


「エアコンのスイッチ入れてしまえば、確かに、涼しくはなるのよ。でも、あんまりにも暑くなりすぎて、今からじゃとても温度が下がらないし。我慢して乗り切れるなら乗り切ってしまえって、毎日思ってるところだったのよね。トリビーちゃん、もしかして、涼しくしてくれたり、する?」


 うちわで扇いでも、風が生ぬるい。地獄だ。それはよくわかってる。

 だが。

 母ちゃん、今、余計なこと言うたね?


「出来ますよ~。一宿一飯のお礼です」


 フラフラ~っと、母ちゃんの所に行って、ぺこりと頭を下げたかと思うと、ヤツはまた、俺の真ん前まで戻ってきて、


「うへへぇ~。ちょいと待ってね」


 あと数センチまで迫り、ニカッといやらしく笑って見せた。

 き、気持ち悪い。背筋に悪寒が走った。


 そして、トリビーは姿を消す。


 何が『待っててね』だ。一時間近く経つけど、何も起こらないじゃないか。

 宇宙人だか何だか知らないが、いなくなったんならそれはそれで大助かりだ。

 つか、まさかヤツも、ずっと俺んちにいるつもりだったわけじゃないだろう。どっかの青狸みたいに……いや、あっちはホラ、役に立つ道具とか出してくれるし、未来を良い方向に修正するために来てくれた、ステキなロボットだ。緑の宇宙人みたいに、『期待に答えるつもりは、一切ない』と断言してるのとはわけが違う。

 どうせ来るなら、青狸の方が良かった。マジで。

 ああ、コミックス全巻読み直そうかな。

 漠然とそんなことを考えていた。


 そうだよ、俺が甘かった。甘すぎた。


 周囲がおかしいことに、もっと早く気がつくべきだった。

 太陽がてっぺんまで登って、ガンガン日差しが注いで、もうやめろ、やめるんだ、死んでしまうってくらい、蒸し暑くなってなきゃいけない時間に、ぼんやり平和なことを考えながら、自分の部屋のベッドの上でゴロゴロ出来るなんて、おかしいって。

 

 心なしか、涼しい風が入ってきて、日差しも和らいでいるし、特に天気が悪いわけでもない。

 確かに、心地良い。



 心地……いいよなぁ、こんだけ周りが木々に囲まれてりゃあな……。



 ステキなくらい、美しい緑色だった。

 サヤサヤと葉のこすれる音、小鳥の鳴く声、小川のせせらぎ。

 心地よさ過ぎて、違和感なんかなかった。うん、全然。


 いつ気がついたかって? ……扇風機が急に止まったからだよ。

 停電か、ブレーカーが落ちたか、……家電使いすぎなんてことはありえないけどって、ふと立ち上がって、流石に気がつきましたわ。

 まさかね、家ごと森の中に移動していたなんて、普通、すぐに状況のみ込めませんわ。

 近くの小川で渓流釣りしていたおっさんが、目ぇ見開いて腰抜かしてんじゃねぇか。ああ、今の勢いで、せっかく釣った魚が針から外れて逃げてったぞ。口パクパクさせて、こっち指さして、何かに助けを求めてる。

 これはよろしくない、よろしくないだろ。


「と、トリビーのヤツ……!」


 俺はドカドカとでっかい足音立てて、急いで一階まで降りていった。俺の周囲にいないってことは、母ちゃんの所にでもいるんじゃないかと思ったからだ。


「おい、クソ宇宙人!」


 案の定、緑の宇宙人はふよふよと安定感無く、母ちゃんのそばで浮かんでいた。


「クソだなんて失礼じゃない。ちゃんと名前で呼んであげなさいよ」


「いいんだよ、クソで! おい、クソ宇宙人! コレは一体全体、どういうことだよ!」


「汚い形容詞付けるなんて、タカシ君、反抗期真っ盛りだね。ぷぷぷ」


「ぷぷぷじゃない~~~~!」


 こんちくしょうと、思いっきりヘルメットの下の丸い顔をつねって引っ張ってやる。しかし、本物のフェルトみたいに手応えのないヤツだ。


「お母様は涼しいところがお好きということでしたんで、涼しくしてみたんですぅ~。他意はありません~~。タカシ君のためにやったんじゃないも~~ん」


「何が『も~~ん』だ。涼しい顔しやがって」


「涼しいんだから、涼しい顔したっていいじゃん。タカシ君だって、涼しいでしょ~?」


「涼しいけど、さ!!!! てか、そういう問題じゃねぇ!!!!」


「ホ~ント、涼しいわよね。トリビーちゃんに感謝しなくちゃ」


 ああ、また母ちゃんがとんちんかんなことを。何ゆっくりとソファで足組んで寛いでんだよぉ。

 ず……頭痛が……。


 どうやら俺んちは、基礎ごと、すっかり移動してしまっていたらしい。

 トリビーが元の土地に家を戻してくれるまで数日、電気の無い状態で過ごす羽目になった。


「プロパンガスでよかったわよね。おかげで、食事には困らなかったわ」


 いや、困りました。十分困りました。

 冷蔵庫の電源が切れて、食材の痛みは早まったし、蛇口ひねっても水が出ないから、小川まで汲みに行かなきゃならないし、買い物行けない、観光客や釣り人から奇異な目で見られる……。電気がないからテレビも見れない、夜更かしできない、野生動物と遭遇するわ、地元住民が辺り囲ってジロジロ見に来るわ。

 マジ、ろくな事ねぇし。



 *



 ところで、この一件で一番困ったのは、実は父ちゃんだった。

 仕事から帰ってきたら、自分の土地が真っさらだったんだ、無理もあるまい。あまりのショックに、その場で意識失って倒れてしまったんだそうだ。絵理んちの両親に助けてもらい、家が戻るまでの間、泊めてもらったんだとか。


 ほんとぉに、いい加減にしてくれよ、トリビーちゃんよぉ……。


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