◆おまけ◆俺とトリビーと緑たち
狭い家の中に、また緑の軍団が鎮座してしまった。
リビングダイニングが、緑で一杯。もうやめて。
地球人になりすましたトリビーたちを、母ちゃんが面白がって家に上げたのだ。
ヤツらめ、すっかり日本の風習に慣れてしまった様子で、ちゃんと靴を脱いだら向きを直すし、床に置かれた座布団にきちんと正座して、礼儀正しくなってるよ。
最初に来たときより、衣装はカジュアルになってるから、それだけでも救いかなぁ……。
「なんで戻ってきたんだよ。帰れよ」
ほんっとーに、懲りない連中に、俺は頭がおかしくなりそうだ。
「大丈夫、タカシ君は最初から頭がおかしいから」
ああ、また余計な突っ込みしやがって、絶対心読んでる読んでる読んでるに決まってる。
「うるさい! 質問に答えろ、緑野郎!」
爽やかイケメンが正座してニヤニヤしてるんだよ。どう考えてもやりづらい。緑のぬいぐるみの方が、突っ込み甲斐があったというもの。
俺は緑たちの前に仁王立ちして、キッと睨み付けた。
せっかくの温玉が台無しじゃないか。どうしてくれる。
「仕方ないなぁ。答えるよぉ。楽しかったからぁ、このまま居着いちゃおうと思ってぇ、来ましたぁ。他意はありませんん~」
ふ、ふぬけたダミ声め。勇大の全く語呂の合わないラップと良い勝負だ。
シャキッとしてればジャニーズにでもいそうな超イケメンに擬態したクセに、なんなんだその態度は。
「それにしてもさぁ、トリビーってイケメンだったのね。あ……やだ! あたし、トリビーちゃんと一緒にお布団入っちゃった。もう、お嫁に行けない……」
そうめんすすりながら、絵理も阿呆なこと喋ってるし。
……ん、待てよ。確かに、そんなこと言ってたな。絵理んちに泊まったとき、トリビー、確か、絵理の胸の谷間に挟まれて寝た……。
「あああああああ――――――ッ!! お前! 何てことしてたんだ! このド変態野郎!!」
ぬいぐるみじゃなくて、このイケメンが絵理の胸に顔埋めてる図を想像してしまったじゃないか! なんだそのエロ動画! 思いっきりアウトじゃないか!!
「タカシ君、時間差で驚くなんて、キミもまだまだだね」
なんだろう、言われると更にムカつくの。
うう、止めてくれ。ホント。そんな爽やか顔で俺をさげすむなっ!
こうして俺が悶絶してるのを面白そうに見物している緑たち。ぬいぐるみに慣れたから、すっかり地球人の姿忘れてたわ。こんなにぎゅうぎゅうで、エアコンかけてるのに、温度上昇してるらしく、何だか蒸し暑い。
「またこうして来てくれて、本当に嬉しいわ。あ、麦茶どうぞ。皆さんに回してね」
母ちゃんたら、マイペースで人数分のコップ用意してたのかよ。麦茶注いで次々に回させて、ちょっとはこの異常事態を真剣におかしいと感じてくれ頼む。
「こういう、薄味の付いた水分を補給するのも、この星の習性ですかな」
緑じいちゃん、さすがにローマ人は止めたみたいだけど、やっぱり何故か一人黒人で、アロハシャツ。
似合ってる、似合ってるんだけど、何故人種統一しなかったトリビー星人。
あれか、宇宙人から見たら、地球人はみんな一緒に見えるってヤツか。西洋人から見たら、日本人中国人韓国人区別付かないのと一緒か。
「美味ですねぇ。すうっと、身体の中から涼しくなりますねぇ」
緑ばあちゃんも、魔法使い止めたらしいが、何故緑の手ぬぐいでほっかむり。誰か、ファッションチェックできるヤツはおらんのか。
「色々あちこち巡ってみたのですが、やはり、この星が一番と言うことで決着したのですよ。一族の他の者は、もう少し旅してみるらしいですが、ここの生活を一度でも体験した我々には、他の選択肢など考えられなかった。というわけで、これからも弟共々、お世話になります」
そう言って深々頭を下げたのは、薄緑クールビズ仕様半袖Yシャツの眼鏡男子。ああ、コイツ、緑スーツだな。
一応、常識のある一人だと思っているが、とりあえず、緑のスーツを止めただけでも評価しよう。スラックスはグレーだし、まあまあ、許容範囲ってことで。
このほかにも、緑たちがいるわいるわ……。よくもそんだけ、緑の服のバリエーションがあったもんだってくらい、緑緑緑緑。
「あんまり聞きたくないんだけどさ、何で緑なんだよ。お前ら、緑に疑問を感じないのか」
一番聞いてはいけないような気がしたけど、俺は聞いた。
緑たちは、きょとんとして、俺を見ている。
まるで、『緑のどこがダメなの?』『なにか不都合でも?』とでも言わんばかりの表情だ。き……聞いた俺が、悪かったのか?
「緑が、好き、だから?」
トリビー、語尾のはてなが気になるんだけど。
「まあいいじゃん。そんな細かいこと。色々気にしてるとハゲるよ!」
「まだハゲんわ! 十代だぞ!」
ううううう。
なんだこの、うざいんだけど、何だかちょっぴり嬉しいような気もしてしまう複雑な感情。
俺、どうしてしまったんだ。この、緑星人共に完全に毒されたか。
絶対、変な電波発して、俺を突っ込み役に仕立て上げてるだろ。そうにちがいない。
だって俺は、クラスでだって全く目立ちようのない、空気のような存在だったはずだ。なのにどうだ、今はすっかり、コントの突っ込み担当じゃないか。うおおおおおおかしい絶対おかしい。
「え~、こんなタカシ君ですがぁ~、この間、そう、『地球見学ツアー』終了後のお別れ会では、涙涙ぁ~、ボクとの別れを惜しみすぎて、言葉も出ない有様でございましたぁ~。皆さんも、よくご存じのことと思いますぅ。あれから、地球時間で数日経ちますがぁ、あの、別れをひきずってひきずって、身も心もズタズタになりましてぇ、『ああ、トリビーのヤツ、今どうしてるかな』『アイツがいないと、俺、調子が出ないんだ』『俺の、心の友よ』などと、心震わせているところにぃ~、ボクらの登場ですよぉ~。ハイ、皆さん、拍手~~!!」
緑の軍団前に、立ち上がり、口上述べて両手挙げ、パチパチの音にすっかり気をよくしてんじゃねー!
「だ、誰が心の友だ!」
俺の話など聞く耳持たぬ、緑たちは、口々に、
「タカシ君、よかったね」
「さすが勇者トリビー、地球人の心の友になってしまうとは」
「格好いい、トリビー最高、トリビー星人万歳」
うざいうざいうざいうざいうざい!
「お前らな、地球人のフリして暮らしていくなら、覚悟はあるのか覚悟は! これまでみたいに、平和な日々が続くとは思うなよ! マスコミが騒ぎ出すようなネタ、絶対に作るんじゃないぞ!」
ビシッビシッと、緑の連中に指さして牽制するが、ヤツら全然聞いてない。
ほんと――――ッに、大丈夫なのか、これで?
「ねぇねぇ、それよりさ。トリビー一家は、鳥部さんなんでしょ? トリビーは、下の名前、どうすんの? 鳥部トリビーってわけにはいかないじゃん?」
最後のそうめんちゅるっと吸って、絵理がトリビーにそう聞いた。
ま……そうだ。他の連中のもそうだけど、トリビーのは、一番気になるわな。
「鳥部朔太郎昌義」
「は?」
「鳥部朔太郎昌義。かっこよくね?」
ニカッと笑って見せたけど、トリビー、お前のセンス、やっぱどうにかしてるような気がするよ……。
<終わり>