世界の終わりの炎で踊る
真っ暗な、世界。
何にも無い。なんにもいない。
小さな火だけがあって、そこにいる少女が一人。
くるくるくるくると、ただ回り続ける。
それはダンスと言うにはあまりにも簡素すぎて、しかしだからと言ってくだらないことだと断ずるには、その姿は綺麗過ぎた。
「――もしもし、そこのお嬢さん」
気付けばそう声をかけていた。聞こえたのだろう。その体を大きく震わせ、ゆっくりと自分を見下ろした。
年の頃は十と数歳程度に見える。が、それだけでは納得できないなにか。見ているだけで平伏してしまいそうな、そんな感覚に囚われるのだ。
「一人でくるくると、何をやっているんだい?」
だからこそ、聞きたくなった。何もいない。何も無いこの世界で、この少女が回り続けるその意味を。
「――この世界は、壊れてしまったのです」
そう、少女は言う。か細い声で、そんな事を言う。そうか、なるほど、さっぱり分からん。
少女はそんな俺の気持ちを読み取ることなく理解したのだろう。数瞬の間を空けて、再びその口を開いた。
「――私は、この世界が大好きでした。緑も、青も、様々な色で満ち溢れる世界が大好きでした」
ああ、俺もそうだった。と声に出す訳もなく、心の中で相槌を打った。
だが、直後本当にそうだろうか? と言う想いに囚われる。自分はこの世界の色を、そこまで好きでいただろうか?
「でも、終わりが来て、誰もいなくなった。それはとてもとても寂しいこと」
少女の顔は悲しげに歪んでいた。しかし、その目に色はなかった。曖昧に濁されたような、見ていると吐き気を催すような色をしていた。
「だから、もう一度作り直すの。この世界に色をまた生み出すの。これはその準備なの」
ふむ、この火の回りでくるくると回り続けていればまた世界に色が戻ってくると言うのだろうか? 本当にそんな事が可能なのだろうか?
そんなことばかりが頭に浮かび、すぐに流れて行った。自分にはどうでもよいことだ。下ろしていた腰を持ち上げる。
「また、って事は、君は何度も色を戻したのかい?」
少女の言うことはそういうことだろう。何もなくなって、無色になってしまった世界に自分好みの色をつける。まるで神様のようなこと。
「はい、この世界を作ったのも私ですから」
本当に神様だったらしい。反応に少し困り、頬を掻いた。
それならば、こんな場所に一人でいる理由も頷けた。少女はそこまで言うと再び火の周りをくるくると回り始めた。
ただ黙ってそれを見つめ続ける。それを見ていると、なんだかとても不安な気持ちになってくるのだ。
「君はこの世界に色をつけてどうするんだい?」
少女が踊りをやめる。無機質な目と苦笑いがこちらを向く。
「何も。私はただ色をつけるだけ。このままでは寂しすぎるから」
少女はそういう。希望やら、楽しみやら、そんな物が欠片も存在しない顔で。
それがとんでもなく寂しそうに見えたのだ。
俺は歩く。歩いて、火を囲んで少女の反対側に立つ。その行動が理解できないかのような、そんな顔をした。いや、もしかしたら無駄なこと、とでも言いたかったのか。
少女は何も言わず回りだす。俺もそれに合わせて回りだす。
「俺は、大嫌いだったよ。この世界が」
独り言のように、口を開く。少女は回るのをやめない。
「毎日毎日同じことの繰り返し。学校に行って、役に立つかも分からない勉強して、友達と少し駄弁って、帰って、寝る。そんな事を当たり前のサイクルのように繰り返すんだ」
少女は何も言わない。少女は回るのをやめない。
「心のどこかで俺は一生子供なんだって思っていた。中学の時は一生中学生って思ったし、高校のときは一生高校生、大学の時も、当たり前のはずなのに、当たり前じゃないような気がした。自分は特別なんだって思い込んで、苦労して、結局留年して……そんな世界が嫌いだった」
思い出すかのように目を閉じる。少女は回るのをやめない。
「――でも、こんな世界でも綺麗な色はあったんだ」
少女は目を見開く。その足は回ることをやめた。
「めちゃくちゃでかい樹を見た時、展望台から海を見下ろした時、綺麗な花を見た時、初恋の子に笑いかけられた時、世界が輝いて見えた。当たり前が当たり前じゃなく見えた」
「いい色だけじゃない。暗い色とか、そんな物を混ぜてようやく世界は描かれる。だから、うん、何が言いたいのかって言うと……」
「――頑張れ。」
それを言って、体がすっと軽くなった。何故だろう?
下を見て、ああ、と納得する。そこに足場はなかった。
俺は既に終わっていた。俺と言うものを内包した世界は失われたのだ。今の自分は褪せてしまった、みかけだけの色。
なんの感情も無い。ただ、小さな達成感のようなモノが胸に存在していた。顔を上げる。
少女は泣いていた。その目にやはり感情はない。だからどうして泣いているのか、見ているだけでは判断できない。でも今なら分かる。
少女はきっと、褒めてもらいたかった。肯定してもらいたかった。
さながら作った料理をおいしいと褒めてもらえるかのように。
さながら描いた絵を上手いと褒めてもらえるかのように。
少女は常に孤独。孤独に慣れたから、孤独は辛くない。
けれど、その心の中ではきっと、求められることを望んでいたんだ。
滅びた世界。
俺の生きた世界。
汚いものは数え切れないほどある。目を逸らしたくなることだって数え切れないほどある。
でもきっと、きっと――笑っていた方がいい。
その方が、皆幸せだったはずなのだから――
だからきっと、
そう、きっと……
「どうかその炎を、絶やさないで。終わりの炎にさせないでくれ」
世界の終わりに訪れた。現の夢は終わりを告げた。