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闘神の申し子

 とある村に二人の子供が生まれました。その二人は双子でそっくりな顔をしていました。双子の名前はノタンとタクンという名前でした。成長するにつれて、二人の個性が芽生えました。

 ノタンは力のある、男っ気のある美しい少女へ、タクンは器用な、繊細な美しい少女へとなりました。

 その個性によって二人は村から双子剣(ジェニミ)と呼ばれるようになりました。

 二人は仲良く暮らしている時、タクンは井戸から水を救っていた時少しはなれたところに一人の男が立っていました。その男と目が合ったタクンは恐れる事をしませんでした。

 いや、彼女は恐れる事を知りませんでした。

 彼は全身を黒い服で包み、背中に身の丈もある剣を担いでいました。


 彼女は聞きました。ここに何をしにきたの? と。


 彼はタクンをちらりと見、そして何も話さないままどこかへと消えていきました。


 とある村の夜明け、村人たちは皆起きていた。一睡もせず、男たちは女たちは皆一つの家の前で話し合っていた。その家はどこにでもある一軒家である。木で作られたその家はぼんやりと光が零れている。

 かれこれ半日が過ぎようとしていた。一人の妊婦が出産を迎えていたのだ。昨日の昼過ぎに陣痛を引き起こし、家に担ぎこまれた妊婦は汗を流し、腹痛に耐えていた。それをもう半日も過ぎているのだ。女たちは皆心配そうな顔をしていた。男たちも固まって話をしている。

 太陽の日はゆっくりと上がり始めていた。


 家の中で産声が聞こえた。


 魂の誕生。命が灯される瞬間。村人たちは喜びの声を上げ、皆が皆歓喜に包まれた。女は涙を流し、あるものは男と抱き付き合い、お互いの愛を分かち合った。


 その声は二つだった。






「ノタン! 母さんがご飯だって!」


 ノタンとタクンは共に十六だった。二人とも茶色の髪を有し、ノタンは肩までの長さで、タクンは貸しまで伸ばしていたが、髪が揺れないように括っていた。

 ノタンは家から少し離れたところで仕事をしていた。ノタンの目の前には火があった。赤く燃え上がり、炭を燃やして生きているように揺らめく姿はノタンの肌を焼いている。

 その所為かノタンはタクンより肌が黒かった。


「うん。分かった」

「何? また包丁作り?」


 タクンは草履で近付いた。ノタンはその姿を見、近付かない方がいいと忠告した。


「そうだよ。おじさんが包丁を新しく叩いて欲しいと言ってきて、それを今叩きなおしているところ」

「へえ、ノタンは女の子なのによくこんな仕事できるね」


 タクンは関心の目でノタンを見た。彼女は少し恥ずかしそうな顔をする。


「別にそういうのじゃないよ。生まれつき力は強かった私は勉強が出来なかったからお父さんの残した鍛冶場を使って仕事をしているだけだよ」


 ノタンは生まれつき力の強い子供だった。大人がノタンの手に指を入れた瞬間に大人の指が潰れた。ノタンというのは村の言葉の意味で『怪力』という意味がある。

 それに対するタクンは勉強が出来、そして手先が器用で、繊細なものが作れる腕を持っていた。

 生まれた場所が一緒で環境も一緒なのにどうしてこんなに差があるのだろうかとノタンは思ったことがある。

 その時のノタンはこの力の所為で他の同じ年の子供は近付こうとしなかった。元々ノタンは喧嘩早い性格をしていたためである。

 しかし、タクンはノタンと違い他の子と仲良く出来ていた。男の子に囲まれたり、一緒に遊んでいたりしていたタクンを眺めていたノタンはタクンを恨んでいないと言えば嘘だった。


「そっか。ノタンは家の収入源だから働く事はすごいと思うよ」


 しかしタクンはノタンを決して蔑んだりしなかった。いつも一緒だよといって笑顔でノタンと一緒にいることでノタンは自分の愚かさを思い知り、タクンを恨んだりせず、一緒に居る事にした。


「ちょっと待ってて、包丁を焼入れしたらすぐ行くから」


 そういって火に突っ込んでいたものを引き抜き、燃える刀身を眺めた。赤く光るその姿はまるで美しく生まれた命のようだ。

 ノタンをそれを優しく水の中に入れる。このときすぐ入れるのではなく、さっと入れることがコツだとノタンは思っていた。


 そしてすぐに出し、それを灰屑の中に入れた。


「いこっか、タクン」

「うん!」


 ノタンの手は硬く女性という手をしていなかったが、それを握るタクンの手はノタンの支えだった。





 タクンは朝に水を汲みに行くのが日課だった。タクンとノタンの母は元々体が弱く、父がなくなってからノタンは鍛冶をするようになった。母は少しだけでも動こうとご飯を作っているが少しも外に出ようとしなかった。タクンはその母の姿が儚げに見えたのだった。

 タクンは心配に思っていた。ただでさえ彼女は、ノタンは十六歳。彼女の体はまだ発育途中で、月のさわりなどで体を壊すかもしれないとおもっていた。そのためにタクンは家事を手伝った。しかし力も何もないタクンは自分を非力だと見下していた。ノタンは力があり、そのためにお金を稼ぐ事が出来る。それに対して私は何も出来ない。その無力さに打ちひしがれていた。


「ただいま」

「あ、ノタンお帰り」

「うん。これ今日の売り上げ」


 そういって皮袋一つノタンはタクンに渡した。タクンはそれを両手で受け取りにっこりと微笑んだ。


「確か、ここからちょっと離れた農家のおじさんだよね?」

「ついでに散歩がてら歩いてきた。そしたら料金をちょっと跳ね上げてくれた」

「そうなの? じゃあ、その料金はノタンが持ったらどう? お小遣い」

「いいよ。私がお金を持ったら包丁に変えかねないから」


 ノタンは冗談で笑って言った。彼女の口から男のような口調が出てくると胸が張り裂けるくらいにタクンは苦しんだ。ノタンとはずっと一緒だと思っていたタクンはノタンのその態度がとても辛い。目に力を入れてなければその細い肩を見た瞬間泣き出しかねなかった。


「今日はちょっと疲れたから早く寝る」

「あ、今日ご飯あるんだよ」

「うん。一眠りしたらすぐ戻ってくるから」

「そう……」


 ノタンは欠伸をして寝室へと消えていった。タクンは知っていたのだ。彼女はああやって男のような性格をしていたが、本当は女の子の格好とかしたいのだ。

 しかし鍛冶場にそんな服を着ていくと汚れてしまうためそんな服を持っていなかった。

 胸の辺りを握り締める。タクンは何か出来ないかと思っていた。


 しかし、何も出来る事は一つもなかった。ただただ、器用なだけのこの手がとても憎たらしかった。


 ノタンは生まれながらにして『契約者』だった。ノタンは怪力の持ち主だが、筋肉が異常に発達しているわけではない。体中には電気は走る。その電気の量は尋常ではなかったのだ。雷を司る神と生まれながらにして契約をしていた。そのためか、右肩甲骨辺りに紋章が深く掘られていた。

 ノタンはベットに倒れるように寝転んだ。大きく呼吸をすると、日に当たったかのような柔らない匂いがノタンを包んだ。彼女はこの能力に不満はなかった。


「……力か……」


 そういえば随分前に剣を作ろうとした覚えがあったなとノタンは思い出す。その時のノタンは同い年の子供に対する友情。愛情というものが分からず、目の前にいる者など蝿のようにしか見えなかったのだ。その時のノタンは十才で、一人木陰からその光景を見てきた。

 誰もそのノタンを入れようとしなかったのだ。

 追いかけっこしても必ずしも一位をとる。力比べをしても片手で持ち上げられ、放り投げられる。もう負けるという前提で遊んでいても面白くないのだ。

 だからといってノタンは手加減をすることもしなかった。そんな負の循環によってノタンは一人になったのだ。


「あ、ちょっと顔を洗ってこよう……」


 そう思い、ノタンは起き上がり、こっそり外に出た。一度家に入るとタクンは家の外に出る事を許さない。顔を洗いに行くだけなのにどうしてそんなに言うのか昔から不思議だった。

 いや、普通に大切にしてくれているから嬉しいんだけどと呟く。

 ゆっくりと窓から出て、井戸へと歩いた。素足で歩く草むらは少し引っかく感じがしたがそれはそれで気持ちよかった。地面の冷たさが丁度いい。今までイボが出来るくらいまで屈み、肉刺が出来るまで振り下ろしたハンマーの炎に熱されたあの熱さとは対極的だった。

 外は虫の音色が響き渡る。空には綺麗な円を描いた月が大きくそこにあった。

 井戸につき、桶を井戸の中へと放り込んだ。

 かこんと何かにぶつかる音が響いた。底にあたる音のようだった。しかしこの井戸は作り変え、底は桶に括られている縄より深い。

 それなのに何かにぶつかる音は不思議だった。

 ノタンは井戸の中を見たが、夜で全く見えない。その底にあるものがとても興味があった。ノタンは少しの間回りを見た。


 周りは誰も居ない。タクンもご飯を食べているのか外に居なかった。


 ノタンは井戸の塀に立ち、そして井戸の中へと飛び降りた。

 井戸の中の落ちる音はまるで炎に空気を送るような音だった。業と風を吹き上げ、炎を赤い炎から、緑へと変わる瞬間の音。その音は滅多に出ない音だが、ノタンはその音を何度も聞いていた。

意外と浅いところにそれがあった。


 黒く、月の光に当てられても全く見えないその物質はノタンにとってとても興味がそそる物質だった。足を壁に固定し、手に唾をつけてその物質に手をかける。

 そして引っ張ると、それはとても重たい。氷のように冷たく、黒く月の光も吸い取り、そして怪力のノタンの力にも屈さないその物質。

 ノタンの契約者が目覚めた。

 体中の電流が何倍にも膨れ上がり、二の腕から、手先から、電気が走った。ぴしぴしと水を走る音が耳に障る。壁に固定してあった足の石が砕けた。

 それほど頑丈に挟まっている。


「うっごけええええええええええええええええええ!」


 歯を食いしばり一気に引っ張った。体中から放電が起こる。バリバリと雷が落ちる音が井戸の中で響いた。

 そしてその物質は動いた。彼女はそれをもっと強く引っ張り、漸く取ることが出来た。腕の中に包まれたその物質をしっかりと持ち脚力で上に跳躍する。

 すぐに井戸の外へ出て、すとんと音の無いように着地した。


「はあ、疲れた」


 とノタンは言うが、体中から水蒸気が沸くように出ていた。急激な筋肉の刺激、その筋肉が焼けるような叫びを出して、その物質を取り上げる。

 ノタンは水を右手につけてその物質を擦った。


 それはあまりにも美しい、銀色の金属だった。


 朝早くからノタンは火をつけるのが日課だった。朝早く、太陽が上がらないうちにノタンは起き上がり、井戸の中の水を掬い上げて顔を洗う。すっきりした視界にはうっすらと朝霧が見えるようだった。ノタンは裏に回り、山を登る。山は鉄の宝庫だった。父が残した遺産は余りあるほどであり、ノタンとタクンが生きていくには十分にあった。その山には鍛冶場がある。火事場に入ると、ノタンは火種を作り、それを木にくべて空気をゆっくりと送る。そして何かに誘発されるかのように火は綺麗に燃え上がった。

 ノタンはその火を持ち、家の元へと向かった。その火を消さないように釜戸へと持ってゆく。そしてそれを入れて火をつけた。

 そのままにしておけばタクンは台所へと向かい、料理を作る。

 そんな日常だった。しかしノタンには非日常を手にしていた。

 彼女の手には銀色に光り輝く金属。日に当たると虹色に光り輝く。これまでノタンが見てきたのは鉄という金属だったが、これほど綺麗な反射をするものを見るのは初めてだった。

 それは掌ほどしかない金属の塊。水晶の様に立つその姿は宝物のようにしか見えなかった。

 ノタンをそれを火の中にくべる。熱して、赤くなったところで叩いてやろうと思ったのだ。これで包丁とか作ったら、それはまた綺麗な切れ方が出来るのだろうとノタンは好奇心で一杯だった。

 しばらくの間、赤く燃える炎を見ながら空気を入れ、炭を次々と入れる。

 いつも工具が赤くなる時間になるとそれを金属で出来た摘む物で挟む。 


「……」


 それは赤くなく型崩れなくそこにあった。

 ノタンはやはり鉄とは違う素材だからもう少し熱した方がいいのかと思い、また火の中へと入れた。今度はしっかりと熱してから叩いてやろうとノタンは思った。






 半日過ぎてもその金属は赤くなる事を知らないかのように挟まれていた。

 ノタンは何も喰わずその炉の前で座り、ひたすら熱していた。しかしその努力も空しく、赤くなる事を忘れたその金属はそこにあった。


「これ以上の温度はもう出ないよなあ」


 そう独り言を言ってその金属をまじまじと見る。傷一つ付かない強度。鉄とは違って削れる事はない。その光沢は氷のように冷たかった。これを包丁にすることが出来ればそれは高い値打ちがするに違いないと思った。

 気が付けばノタンは火から出してばかりの金属に触れようとしていた。その金属に惹かれた少女。何かに引き寄せられるように手を伸ばしていた。

 バチンと電気が走る音が響く。静電気に触れたかのようにノタンは手を引いた。

 驚いた顔をして、挟んでいた金属を手放す。

 何事かとノタンを見ていた。その金属は青い光を、青い稲妻を帯びていた。花火のように迸る光は熱した金属を水に入れるたような焼入れの音に近いものが爆ぜた。背中の紋章が拍動しているように感じる。その感覚は今まで感じた事がなかった。昨日まで触れても感じなかった感覚に恐怖すら覚える。

 もしかしてとノタンは閃く。ノタンは金属を挟み、叩くところに置いた。金属が置かれる音が高く聞こえた。その音は去年から叩いていたノタンにとっては神秘的な音色だった。


「この力は結構疲れるんだけど……」


 そういって、大槌を炉の壁に置く。そして右手を前に出してゆっくりと目を閉じた。ピシリと何かが走る。焼入れの時に入れる水が感電する音が響く。すると水は沸騰をし始め、そしていつしか蒸発した。右手を中心に電気が迸る。青く光りだす電気。ノタンは全身を緊張させる。そうする事によって体中を走る電気が増幅し、その電力に魔力を宿らせる事によって思いのままに操る事が出来る。

 そしてその青い光はさっき持っていた大槌と変わらない形になった。その大槌から雷のような音が響く。少し動かすだけで、大槌から漏れ出すエネルギーが煙のように動いた。


粉砕(ミョルニール)!」


 大きく息を吸って叫ぶ。大きく振り上げる。まるで地面を叩き割るような勢いで振り下ろした。

 音は無かった。



 いや、音が遅れた。



 衝撃波が地面を揺らす。大地が嘆く声が聞こえた。山が地滑りを起こし、山が死ぬ瞬間の声を感じた。そしてノタンを中心に輝く青い光。

 しかしその光も一瞬にして消え去った。


「はあ……」


 そこに立つノタンは息を切らしていた。右手は悲鳴を上げ、水蒸気を濛々と上げている。動かす力がなかった。

 ノタンが打てる粉砕(ミョルニール)は一日に一回しか打てない。そのため粉砕は滅多に使う事がなかったのだ。

 目の前にあった土台は蒸発していた。しかしそこに青い稲妻を帯びた金属は火には全く色を変えなかったのに対し、赤く赤く、燃え上がっていた。






「ただいまー」

「ねえ! ノタン地震起きたの知ってる?」


 ノタンはビクッと体を揺らし、知らないといった。言える筈がない。その元凶は自分が放った契約の力だということを。

 それを知らないタクンは少し怖い顔をしてご飯を作っている。


「余震とかあったら嫌だね。私地震怖くて外にいけなくなるかも……」

「はは……今日ご飯食べるよ」

「今日はね、隣のお兄さんがお野菜くれたの」


 そういっているタクンの後姿がとても愛しかった。愛情を忘れたノタンがタクンを好いているのは紛れもなく愛情ではない。

 異性に対する愛だった。

 いつしかノタンはタクンの背中を見るようになっていた。しかし姉妹のその関係は禁忌であり、ノタンにとっては苦渋の事態だった。


「たまにはノタンと一緒に来なさいってさ。多分お兄さんの単に畑仕事をやらせようって思っているのよ。ほら、ノタンって力強いからさ」

「うん」


 ノタンと呼ぶ彼女の声が蜂蜜のように甘く。ノタンの心の中にある欲望を擽った。母さんは病弱でいつも寝ている。

 今日は仕事も何もなかった。


 禁忌。


 規律。


 喉を鳴らし、ノタンは必死に堪えた。


「ノタン私もね、仕事しようと思うんだ」

「……え?」


 タクンは包丁で野菜を切るのをやめてノタンの方を見た。タクンの目はしっかりとノタンを見つめ返していた。ノタンは口だけで言う。今なんていったの? と。


「私ね。自分で仕事をやってみたい」






 夏虫の声は綺麗に透き通っていた。ノタンは窓を開け、その音色を静かに聴いていた。ベッドに寝転び、横向きに寝転んで、部屋の扉に背を向けて寝ていた。

 ノタンは反対をした。しかしタクンは決して挫けようとはしなかった。


「ノタン。私は非力だけど、何かこの家のために出来る事がないかやってみたいの。非力だけじゃ一人で生きていけないの」

「でも、お金は私がちゃんと貰っているじゃないか」

「二人で稼いだら、もっと裕福になるよ」

「私はこれ以上幸せになんかなりたくない」


 ノタンはそういって部屋に入った。それからノタンは静かにベットの上で寝ていた。

 どうして、そんなに私の収入は足りないのか。

 歯を食いしばりノタンは自分の無力さを思い知らされる。タクンが干してくれたシーツをぎりぎりと握り締める。

 力の入れすぎでシーツは破れた。

 力が強いものは弱いものを優しくしないといけない。本気の力をどこにも出す事が出来ない。その肩身の狭さにノタンは気を荒くする。


「畜生……」


 そう自分に言って気を紛らわせた。

 トントンと扉が叩かれる。扉が開き、誰かが入ってきた。それが誰なのかノタンは知っていた。


「ノタン……」


 タクンはノタンが寝転ぶベッドの縁に座るとノタンの背中に触れた。タクンの手には静電気のような感覚が襲った。このままノタンに触れると電流がタクンに流れる。

 しかしタクンは恐れる事は一切せず、ノタンに触れた。


「私、働いてノタンの仕事を減らしてあげたいの。少しでもノタンが可愛い服が着れる様にして上げたいの」

「私、タクンのように綺麗じゃない」

「いいえ、ノタンは綺麗よ。頑張った手も、火に焼かれちゃったけど短い髪も、全部、ノタンは綺麗」


 そういって、タクンは髪をなでた。ノタンの心臓は高鳴った。

 股間の部分が酷く濡れたような気がした。


「……」


 ノタンは甘えるように彼女のほうへと寝返り、胴に抱きつくように抱きしめた。


「ふふ、ノタンはいつも撫でられるの好きだね」


 タクンは無知だった。ノタンはずっと我慢し続け、タクンに好意を寄せていることを隠し通してきていた。

 ああ、神様。

 と頭をなでられるノタンは願った。懇願した。

 出来る事なら、いつまでもタクンと一緒に、ずっと一緒にいたい。

 ゆっくりと目を閉じ、ノタンは眠った。


 ノタンは鍛冶場でひたすら叩いていた。火に強い金属は先週ニョルニールを食らってからずっと燃え上がっている。それほどまで魔力の保持が出来るという物質にノタンは感動さえ感じた。

 手にしているのはもちろんミョルニールで、しかし比較的力を抑えたものである。

 何度も本気で叩いていると、村の者たちは皆違和感を覚えるに違いない。そう思ったノタンは金属をリズミカルに叩いていた。

 水晶のような形状をしていた金属はなんとも叩かれた事によって少しずつ、正方形へと変貌していた。燃え上がる炎に混ざる魔力が篭った青い稲妻が金属に負荷を与える。

 響く音はもうノタンの耳を潰していた。

 何千回も繰り出される音にノタンの耳はもう慣れていたのだ。


「今日はここまででいいか」


 そう独り言を呟き、ノタンは立ち上がった。ほとんどの仕事を終えているノタンは鍛冶場からタクンが働く家を眺めていた。

 その家は服を作るところで、タクンが店を開き経営していた。売り上げは上々で特に女性に対する支持が高いらしい。ノタンは以前農具の納品に向かっていた時鍬を叩いて直してあげた男に呼ばれる。


「ノタンとタクンの二人が仕事をすると老若男女全員が虜になっちまうぜ」

「……そうですか」


 そうとしか言いようがなかった。ノタンは男の指示を持ち、鍬や鎌などの農具を仕立て直しお金をもらい、タクンは服を作り、女性の支持を高めている。


「お前たちの母はいい身分だろうな」

「そうでもないよ」


 母さんだって体が弱いから全然よくない。そうノタンは告げた。

 ノタンは最近母の顔を見ていなかった。毎日が忙しくその所為か、全く顔をあわせる時がなかった。

 タクンは母さんを見ているのだろうか。そう思った。



 タクンは恵まれてる。ノタンは心の端に浮かぶその憎しみを消せずに居た。

 タクンには出来ない事をしていたことを、タクンは挑戦し……。


 ノタンは鍛冶場に戻りまた金属を叩く作業を再開した。







 タクンは桶を井戸の中に入れ、一生懸命引き上げる。ぎちぎちと軋む縄の音はどこか奇妙な思いにさせる音だった。

 タクンは仕事を終えて、桶に水を入れていた。夕方になる前にしておかなければ明日までの水がない。

 彼女は汗を一つ拭い、引き上げた桶を家に持っている桶に入れ替える。そしてまた中へと放り込んだ。


「タクン」

「ん?」


 振り返るとそこにはノタンが居た。彼女は少しボロボロの作業着を着ており、その顔はやつれている。タクンはそれがいつもの事だと思って気にしないでいた。


「どうしたの?」

「私ね。タクンのことが好きなの」


 井戸の奥でちゃぷんと何かが弾けるような音が響いた。


「うん。私も好きだよ。ノタンのこと」

「そっか」

「どうしてそんなこと聞くの?」


 ノタンは少し目をそらした。やはりタクンは私の心を知っていないと理解する。

 彼女は綺麗な服を着こなしていた。その服は美しく、つぎはぎの服を着ているノタンとは対極の人間だった。


「タクンのことが好きだから」

「……」


 夕日は落ちかけていた。静寂とも呼べる空気がノタンとタクンの間を行き来する。


「私はタクンが好き。服を着こなしている姿も、一生懸命頑張ってご飯を作ってくれている姿も、服を綺麗に縫い上げている姿も、私の頭をなでてくれるそんな優しいところとか、私とは大違い。そんなタクンが好き」

「……」

「変なのは分かってる。血の繋がっていてさらに女が好きになるなんて変だとか、異端とか、禁忌とかそういうのも全部分かってる。

 だけど、ずっと。契約者としてこの力を授かった日からずっと……タクンのことが好きだった。いっそこのまま鍛冶場で事故に見せかけて燃え消えようとも思った。

 それくらい、タクンが好き」


 気が付けばノタンの瞳から涙が溢れてくる。

 ぽたりぽたりと落ちるその涙は温かく、そしてノタンが見せた綺麗なものの一つだった。鼻に詰まる嗚咽を堪える事が出来ないノタンは今まで家計を支えてきた男らしいものがない、ただただ一人の少女だった。

 まだ十六で、父を失って、力を求めていないのに神と契約をして……。運命に抗えないものの運命。

 タクンは嗚咽雑じりで泣いているタクンの体の片割れを見つめていた。

 そして不意に体が動く。一歩一歩と引き寄せられるように、歩いていく。草を踏み風を裂くように歩き、夕日に当たるその少女は少なくとも誰もが心を奪われる。そしてノタンの目の前にたった。


「ごめんなさい」

「……」

「私、今まで分からなかったんだね。ノタンが言ってくれるその好きと言う言葉は私を想う気持ちだったんだね」


 タクンはノタンを抱きしめた。


「ありがとう。ノタン、私ね、ノタンに嫌われていたと思っていたの。一人でいるノタンを見て、私はノタンの憧れだと知っていた。だけどノタンが持っているその力によって人に嫌われている事も知っていた。

 どうしようもないね。私。私の片割れを護ろうとしないなんて、私は馬鹿だね」

「馬鹿なのは私……タクンを憎みいつか殺してやると思っていた。そんな私が許せなかった。タクンは絶対私を見下していると思っていたんだ。ごめんなさい。タクン。ずっと憎んでてごめんなさい」


 ノタンは小さく泣いた。夕日はもう山に食われる。反対の山から小さな小さな光が現れてきていた。風は冷えていた。いつまでも続く町。戦争もなく魔の手もかからないこの町で生きていける。タクンとずっと。


 そんなものはすぐに消えることなんて誰も気づきはしなかった。






 その空はどんよりと何かを孕んだような色だった。黒く、青い空を塗りつぶし、今にも雨が降ろうとしていた。

 ノタンに叩いてもらった鍬で畑を耕している男は空を仰いだ。今日の空は何か嫌な予感がすると男は察する。稲妻が走った。蠢く音も聞こえる。


「こりゃはやくしあげないとな……」


 そういって鍬を振り上げる。


 ひゅんと何かが走る音が男の耳に走った。しかし男はもう意識はなかった。いや、一瞬だけ意識があった。しかしそれを言葉にすることは出来なかった。

 くるくるといきなり回りだす景色。地面、空、地面、空、山がだんだん見えて行き、そして倒れるように畑の柔らかい土へと着地した。

 ああ、俺の体……

 そう暢気な事を思って、男は絶命した。


 空に浮かぶ雲は光る。


 その雲の中には何かがそこに居た。獅子のような唸り声が村を響かせる。そして一つの咆哮が村に破滅の狼煙を上げさせた。


 カンカンと叩く音が響く鍛冶場では、突然その音がぱったりと消え去った。

 炉の火はもう消えていた。ノタンの右手にはミョルニールが握り締められていたが、ミョルニールは青い稲妻に戻り、ふわりと消え去った。ノタンは金属の鋏で叩いていたものを持ち、ゆっくりと持ち上げた。赤く燃え上がるその金属はもう変化していた。

 そして水の中に突っ込んだ。

 一瞬にして水が蒸発する。しかし蒸発した気化熱により、金属の熱は無くなった。

 普通なら急な温度低下は金属に負担をかけるがその金属はその常識を逸脱していた。

 ゆっくりと刀身を持つ。


「……出来た」


 そこにあったのは鉄板のように薄い剣だった。刃渡りは四十センチも満たない。しかし、その刀身は美しすぎるものだった。鏡の様にノタンの瞳を移す。

 ああ、私の瞳はこんなに綺麗だったのか。と一つの感動があった。

 ノタンは痛む腰を上げて、振るう。ひゅんと空を切る音が響き、撓ることも全く無かった。


「うん。これでいい」


 そういってノタンは感想を呟いて鍛冶場を出る。早く家に帰ってタクンに見せてやろう。きっとびっくりするに違いないと。思い、ノタンは走った。

 しかし、この時が幸せの終焉など誰もが知らなかった。






 突然降り落ちてくる物体。

 それはまるで巨大化した魚の鱗のようだった。その鱗は黒く、そして刃物のように空を切って雨のように地を刺した。

 外に出ていた村人はすべて切り裂かれた。逃げようとしていた男の体は二つに分かれ、腕は輪切りのように切り裂かれる。

 それを見ていたタクンは呆然の一言に尽きた。

 目の前にいた女の人、確か妊娠していた……タクンはそんな事を思い出して、胴が切れたその亡骸を見てしまった。

 腹から切れた下半身に、羊水を被ったその……


 悲鳴を上げた。目の焦点がおかしくなる。タクンは腰が引け、足に力が入らなくなる。かくかくと揺れだした体がもう言う事をきかなかった。

 ひゅんと落ちてくる鱗。

 タクンはそれに気づくが、体が動かなかった。


「助けて……」


 かすれる声で呼ぶ。誰でも良いから……。


「ノタン、助けて……」


 そういって強く強く目を閉じた。

 何かを切り取る音が聞こえた。鉄同士の切りあいに、片方の鉄がバターみたいに切れる音が響く。タクンの体を切り裂く衝撃は来なかった。痛みも何も無い。

 タクンは目を開けるとそこにはノタンが居た。

 作業着を脱ぎ、青いなめし革のズボンを履き、へそが出ている茶色の綿で出来たシャツを着ていた。


「ノタン!」

「ごめん。遅れた」


 そういって右手にある柄がまだ装飾されていない銀色の剣を振るう。その剣は刃毀れ一つなかった。ノタンは手に残る切るという瞬間に幸せを感じた。

 二つに切れた鱗はノタンとタクンを避けるように地に刺さっていた。

 ノタンは目の前にあるその惨劇を一瞥し、ゆっくりと振り返る。タクンの手を取り、立たせた。


「ノタン一体何があったの?」

「『人外』が空にいる」


 人外とは、人を外れし者のことを言う。元は人間だったのだが、悪魔との契約によりはじめは精神を犯し、そして肉体をのっとって最後に人ではないものに作り変えたものの事を言う。

 鍛冶場から出た時に空に何かの影を見たノタンは嫌な予感をし、タクンの元へと走っていったのだ。


「間に合ってよかった」

「ノタン……」


 ノタンは彼女の頬を撫で、微笑んだ。


「大丈夫。人外は私が倒すから。タクンはお母さんと一緒に鍛冶場に行って。あそこは大丈夫だから」


 そう言うとノタンは外へと走り出した。タクンが手を伸ばしノタンの手を掴もうとする。しかしタクンは悟る。彼女の足手まといだと。伸びた手は彼女の手を握る事は出来なかった。

 ノタンの背中、肩甲骨の辺りが青い光で膨れ上がった。

 その青い光に釣られるように地面に紋章が浮かび上がる。ノタンはしゃがみ、跳躍をした。

 土埃が舞い、大地は割れた。


 青い光が線で残りゆっくりと消えていった。


「ノタン……」


 タクンは願った。ノタンが無事に帰って来ると。心のそこから。愛しい彼女を護ってくださいと。

 彼女と契約する雷の神に。






 上空には大きな『魚』が居た。まるで村一つを覆い隠すような鯨のような魚。

 その真上で跳躍の威力が無くなったノタンが剣を構えていた。重力に逆らわず、逆に利用して切り込もうとする。

 大きく声を張り上げ、思いっきり振り落とした。

 ぎゃりいと金属同士が擦れ合う音が響く。しかし人外の鱗はノタンが作った剣よりも柔らかった。音はともあれ、安易に切り落とす事が出来たノタンは勝てると確信した。しかし、たった四十センチの剣では村一つも覆い隠す体にとって全くの掠り傷にしかならない。

 人外のいたるところにある目がノタンを見つめた。その時のノタンは恐怖に包まれた。


 その目は真っ赤に燃えた目だった。


 その目が何百もある目がノタンを見つめていたのだ。

 勝てるのかと、ノタンは自分に問い駆ける。

 いや、やるんだ。私しかやれない事なんだと、自分に言い聞かせる。


「トール神……私に力を貸せ……!」


 右手を前に出し、強く強く念じる。背中にある紋章に眠る雷の神を目覚めさせた。背中の紋章が青く光だし、まるで翼のように紋章を作り出す。


「っぎい!」


 体中の体内の電気を爆発的に膨らませ、その電気を魔力で導く。これまでにない全力の電気は慣れていないノタンの体を傷つける。しかしそれに堪えたノタンの右手には大きなハンマーがあった。金属をはじめて叩いた大槌とは比較にもならない、何倍もある巨大なハンマーが右手に不釣合いなくらいに大きく顕現していた。


粉砕(ミョルニール)!」


 大きく振り上げ、息を吸って思いっきり人外へと叩き込んだ。音は遅れて走った。衝撃が大きな背を中心に現れ、大きな体がくの字に折れ曲がりその折れた部分では青い光が煌いた。

 しかし、光は消えない。

 まだニョルニールを手放さないノタンが歯を食いしばって力を振り絞っていたのだ。人外の体中に電気が通っていない。このままでは表面のダメージにしかならないと思ったのだ。


 もっとだ! もっと力を!

 背中にある紋章が悲鳴を上げていた。翼のように紋章は描かれ青い光を膨らませ、神を目覚めさせ、さらに全力の粉砕(ニョルニール)。多分契約者の中で最高の威力をたたき出すというならノタンのニョルニールしかないだろう。しかし、これではまだだめだとノタンはこの威力を否定する。これが全力ではないだろうと膨大な電流が走る脳内で叫んだ。

 このままだと脳が焼ききれて死ぬかもしれない。と思った。

 ぎしぎしと体が悲鳴を上げる。力が抜けていく。


「っあああああああああああああああああああああああああ!」


 声を張り上げ、神に力を求める。

 もっと力を! もっと護る力を! そう契約者の欲望を望みをかなえる神はノタンの体に力を与えた。

 ノタンは分かっていた。これ以上力を求めると、体は持たない。完全に限界突破していた。しかし、これでは人外を倒せない。

 腰帯に刺さっていた剣を思い出す。ノタンはその剣を真っ黒に焦げた右手で掴む。炭になった右手は小指と親指が捥げた。


「これが私の全開だ! 私の腕くらいくれてやる!」


 そういって剣をニョルニールに同化させる。

 その剣には今までのミョルニールの魔力が詰まっていたのだ。ミョルニールのハンマーが電気を爆発的に生み出す。剣の力なのか、ミョルニールの青い光が消え、銀色の光へと変貌した。


「おおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおお!」


 ノタンの一つの咆哮。

 柄に足をかけ、跳躍し、空中に紋章を作り出した。それを踏み台にし、右手にある残りの電力をミョルニールへと叩き込んだ。




 爆発が起きた。そして人外は消滅した。






「……ン……ノタ……」


 誰かが私を呼んでいるとノタンは思った。

 ゆっくりと目を開け、まぶしい光が目に染みるのを我慢し、目の前にいる人を見た。ノタンと同じ顔をし、同じ髪の色をし、だけどノタンのように力が無い非力な自分が居た。


「ノタン!」

「……あ、タク……」


 タクンは涙を流していた。タクンの後ろは青い空だからどうやら私は寝転んでいるらしいと思った。


「どうして涙なんか流しているの?」


 そういってノタンは手を出そうと腕を動かした。

 腕は無かった。ノタンはその現実を理解した。

 ノタンの右腕はもう黒炭になり、燃えてしまったのだ。どうやら左足も無くなっているらしい。


「あはは、頑張った結果がこれはね……」


 軽く嘲笑気味に笑うノタンを見てタクンは馬鹿と吐き捨て涙を流した。ノタンは泣く事無いだろうと呆れる。


「大丈夫だよ。私はこれでも生きていける……タクンを護る事が出来た事に私は喜びで死にそうだよ」

「まだだめよ。今度は私がノタンを助ける番なんだから」

「助けるとか……」


 でもそれでもいいと思った。

 タクンを護るために右腕と左足を無くし、さらに自分の命を犠牲にしようとして捨て身の攻撃をしたのに生きているなら、これは相当いいお釣りが来たとノタンは考えた。


「じゃあ、言葉に甘えて……タクンに助けてもらうとするよ」


 そう言って、ノタンはゆっくりと目を閉じた。

 その眠りは案外安らかな静かな眠りだった。

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