ep7:未だ人間。
逃げる、逃げ回る。
振り返り、魔物の姿を確認しながら、瓦礫の中を走り抜ける。
魔物はまるで、お前などいつでも殺すことが出来る、と言わんばかりに余裕な様子で、大剣を片手に僕を追っていた。
呼吸が上手く続かない。
足が、酷く痛む。
口の中はずっと鉄の味がする。
──身体が、熱い。
視界の端に見えた足元の瓦礫が、踏んでもいないのに、砕けていた。
「ハァッ、は、ァ」
魔物は、依然として重々しい足音を立て、
悠然と、大剣を引きずり迫っている。
──ギィィィィン!!
耳鳴りを伴う一閃。空気が裂ける。
衝撃。瓦礫が散弾のように飛び散り、視界を埋める。
直後、全身が衝撃に叩きつけられた。
咄嗟に手をかざす。
受け止めた。だが──右腕の感覚が、遠い。
肘から先が、自分のものではないみたいに。
……熱い、熱イ、あつい。
液体にでもなってしまいそうな、熱。
鼓動が二重に聞こえる。
魔物の姿が、ブレて見える。
気づけば、傷口からとめどなく溢れる血液が、量を減らしていた。
……?
魔物の足が、一瞬、止まった。
薄暗い廃墟の中。
赤く光る双眸を、僅かに細めている。
…………。
分からない事ばかりだ。フハハッ。
◇◆◇
全身は、傷だらけ。
大剣の傷跡から、絶えず血が流れているのを感じる。
視界が歪む。
余裕は、ない。
「ハァ、はぁ、なんか君、強すぎない?」
……相変わらずの、無反応。
じゃあ、さっきのはなんだっ──
瞬間、鉄の轟音。
コンクリートの地面を砕き裂く、赤色の斬撃。
右腕が巻き込まれ、激痛。
完全に右腕の感覚が消えた。
先程よりも、斬撃の速度が速い。
見れば、魔物はその大剣を両手に持ち、その眼光は鋭さを増していた。
…………。
瓦礫が吹き荒れている。
本っ当に、考える、暇がない。
鋭さを増す眼光からは、直感的に、そんな事を理解させた。
とにかく、足を、動かさないと。
◇◆◇
……どれ、くらい、走った? の、だろう、か。
足の感覚が曖昧だ。
目の前がぼやけている。
右腕は、もうビクともしない。
肌を伝う生暖かい血は、今も尚流れ続けている。
身体は熱にやられたように、とても熱い。
すぐ後ろで、鉄が唸る。
振り向く間もなく、赤鉄の大剣が振り下ろされようとしている。
「ね、ぇ。キミは今、何を、感じたのかな? フハ、ハァッ──」
あっ。
足が、もつれた。
視界が一瞬で灰色に塗りつぶされる。
身体が前のめりに崩れ──
──ゴシャッ
瓦礫に叩きつけられ、肺から空気が抜ける。
……あー、まじ?
これで3回目だ。
身体が、まったく動かない。
指先すら、言うことを聞かない。
瓦礫まみれの地面に、うつ伏せに。
口からは、空気の抜けるような、そんな音だけ。
後ろからは、大きな鉄の塊を持ち上げるような、空気が靡く音が、微かに聞こえる。
……熱い。
巨大な鉄が振り下ろされ、風向きが変わる、そんな音が、ゆっくりと。
目の前には、風圧に押されて揺れ動く瓦礫たちが、なんだか、のんびりと。
──いつの間にか、大きな傷口から流れ出ていた赤黒い血液は、止まっていた。
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ep7:未だ人間。




