ep5:いーっぽ進んで……全力逃走!!
しーん、と静まり返っている。
さっきまでの音が嘘みたいだ。
まぁ、それもそうか。
ただ水筒をぶつけただけだし。
それにしても、空気が妙だ。
重かったり、匂ったりする訳じゃないのに、吸うと引っかかる感じがする。
何事も慣れとは言うけど、慣れるのかな、コレ。
そういえば、このダンジョンって結局何なんだろう。
光の板、ステータスとかもそうだ。
いきなり出てきて、それでいてなんの説明も無い。
かといって、とても自然に現れたものとは思えない程に、人工的だ。
……いや、今考えたところで分からないか。
取り敢えず、今は奥へ。
楽しそうな、ダンジョンの奥へ。
深く考えず、足を前に出す。
床は、思ったよりも冷たい。
靴底が擦れる音が、やけに大きく聞こえた。
一歩。
──その瞬間だった。
薄っすらと聞こえた、何かが擦れる音。
……?
視界の端で、何かが動く。
ソレを認識する前に、衝撃。
──ギィィィィン!!
「はっ?」
轟音が、鳴り響いた。
◇◆◇
視界いっぱいの、赤、赤、赤。
振り下ろされたソレは、剣だった。
血の色に輝く、壁と見間違うほどに大きな、鉄の大剣。
床に叩きつけられ、火花を散らしている。
大剣を握る影が、揺れた。
火花は、よりくっきりと、その影を際立たせる。
人型、だと思う。そのように見える。
たぶん。
そこまで認識したところで、
遅れて、こめかみに熱が走った。
「……あ、あぁ」
下を向けば、ぽたりと血が垂れている。
半ば反射的に拭えば、手には、じんわりと赤が滲んでいた。
ずきり、と、痛みが走る。
あ、これ。
もう、身体が追いつかない。
次の瞬間、身体が勝手に動いた。
踵を返して、走る。ただ走る。
水筒なんて、もうとっくに投げ捨てた。
「無理無理無理無理!」
──ギィィィィン!!
背後、すぐ真後ろで、再び金属音。
振り返らない。
振り返れない。
ただ、全力で逃げた。
◇◆◇
「ハァ、ガッ、ハァ」
息が、上手く続かない。
吸う度に、肺の奥底で引っかかる。
後ろで、重々しい音が、絶えず聞こえてくる。
近い。近い近いマズ……
──背後で、何かが振り抜かれる音。
本能的に行われた回避行動。
この状況で考えて動くなんて無理だ。
直感に頼るしかない。
またすぐに走り出す。
「ハァ、ハァ。し、しつこいなァ!」
逃げる。
それしか出来ない。
走っているはずなのに、距離感がおかしい。
壁や、床が、やけに長い。
時間すらも、長い気がして、
進んでいるようで、進んでいないような。
長い。
いくら走っても、先が見えない。
もう、何時間も走っている気すらしてくる。
──金属音。
何度も、何度も……。
避けて、逃げて、避けて、逃げて。
そして。
視界の先には、黒い揺らぎが見えた。
──出口。
……そう見えた。
「あっ、れ」
見えた瞬間、足がもつれる。
背後では、空気すらも切り裂く大剣の音。
考える暇もなく、身を投げ出した。
次の瞬間。
──ギィィィィィィィン!!!!!
耳を劈く轟音が聞こえたと共に……
世界が、ひっくり返る。
石の床。冷たい空気。
未だ変わらずの曇天。
ダンジョンの、外だ。
……多分。
「……っふは」
倒れるように、地面に寝転び、息を吐く。
…………。
「──ふはっ、ふふはっ、ハハハハハハハハ!!」
笑いが、止まらない。
無理、あれは無理だ。無理無理。
圧倒的な理不尽。
死の気配、命の危機。
──そして非現実的なあの光景!
「あはっ、ふはははははは!!」
ダメだ、楽しくて仕方ない。
街は静かだった。
ただ一つ、僕の笑い声だけが、いつまでも響いている。
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ep5 いーっぽ進んで……全力逃走!!




