ep2:ダンジョン が あらわれた
街路樹の葉が、不自然に揺れた気がした。
──突如として、天には色鮮やかな模様が現れる。
轟音。文字に表すことの出来ない、今まで聞いた事のない音が、そこら中に、鳴り響いた。
少し遠くに見えていた鉄塔は、降り注いだ雷に焼かれ、倒れ始めていて、空は焦ったように、黒く渦巻き始める。
今までとは、空気が違った。
街を歩いていた子供は恐怖のあまり涙を浮かべ、買い物帰りの老婆は数珠を擦り合わせ、カラフルな頭髪をした男達は騒ぎ立てている。
どうにも、自然に起こるようには思えない、不思議な現象。
理由も無く、胸の奥が、少し軽くなった。
地面が揺れ動き、紫色の雷が降り注ぎ、雲の隙間から見える空には、空色以外の何かが見える。
そんな、理屈にそぐわない、災害。
下手に動けば、自身の命に関わるかもしれない。
……なのにどうしてだろうか、そんなにも危険で恐ろしいはずのものに、微かな彩りが見られるのは。
今、僕の目の前で起きている現象。
これを、天変地異と言うのだろうか。
そんな恐ろしい光景に、街の人達は逃げたり騒いだり泣き喚いたり、必死だ。
必死になるべきはずの現象。
怖いはずだ。
逃げるべきだ。
そう、頭では分かっている。
それでも──
この光景から、目が離せない。
もしこれが、退屈の終わりだと言うのなら。
……悪くないね。
その時、視界の端に、見覚えのない文字が滲んだ。
◇◆◇
未だに続く災害の最中、何かに触発されたように、空間投影型デバイスが、淡い光を放っているのが見えた。
よく見てみると、これは僕だけの事ではなく、周りの人のソレもまた同じように、淡い光を放っている。
デバイスは自発的に光を放ち……光の板が、目の前には浮かんでいた。
目を疑うような、そんな光景。
半透明の、光の板には何も書かれて無く、ただ空間に張り付くかのようにして、浮かんでいる。
周りの人にも、同じ現象が次々と起きていた。
にも関わらず、街の人達の大半は、空を仰ぎ、叫び、喚くばかり。
天変地異の事ばかりに気が取られて、この事に気が付いている人自体が少ないようだ。
反応を示す間もなく、その光の板は、文字を映し出す。
───《Status》───
個体名:未設定
種族:???
クラス:■■■
レベル:0
身体能力:■■■
魔力量:■■■
魔力練度:■■■
精神強度:■■■
──────────
……は? ス、ステータス?
意味は、理解できる。
けど、内容は、理解できない。
項目は確かに"それらしい"のに、数値は伏せられ、肝心なところだけが欠け、黒く塗り潰されている。
それはまるで、まだ「見るな」と言われているようで……
次の瞬間、画面がブレた。
───《Sたェatーs》───
個耐名:未設て1
種族:? ?
■■:■:
レベル:00■■■【】
身体、能力:マンドラごラの根っこ
魔力りょく量:駄菓、し屋のねり飴
魔力れん度:か■■■■■■■【測定不完】
精神き、ょう度:朝日が照らす窓辺の埃
《ス&*17♪♪♡☆》
《《▽《▽》》》
@「「&「☆♡」@♡♡☆@&[{:~%}]
────────────
……っ。
文字が、いや、光の板自体が壊れている。
正確には……壊れ始めている、と言った方が正しいのかな。
次の瞬間、ノイズが奔る。
光の板はヒビ割れ、歪み、掻き消えた。
「……ふ、ふふふは」
異常な現象。
思わず、笑いが零れてしまう。
怖い? 逃げるべき?
そんな感情よりも先に、心の底が、熱くなる。
「いいね……」
想定外。
想像外。
理解不能。理解不能。
──退屈の終わりにしては、とても良い。
ふと様子が気になり、周りを見渡してみれば……
「あ、あれ、何これ! 私のスマホ、なんで勝手に」
「な、何だよこれ! さっきからずっと!」
「スア、すて、フテータフッ!! フテータフですとぉぉ!! デュ、デュフフ、デュフゥフフ」
「きゃぁぁぁ!」
「危ないッ! こっちへ逃げるんだ!」
「か、神様ぁ、どうか非力な我々にお助けをぉ!」
この異常事態に気を取られて、ステータスの事に気づいている人自体が少ない様だ。
錯乱して大声をあげる人。何やら興奮して滑舌の悪い口で一人呟く人。逃げ道へと先導する人。
そんな彼らの喧騒すら──
不思議な"音"に、掻き消される。
◇◆◇
聞き慣れない、『音』と認識できていいのかも分からないような、不思議な音。
金属ではない、生物でもない。
空気が揺れ、空間が震え、世界そのものが軋むような音。
あれだけ騒いでいた街の人達が、皆一斉に、黙り込む。
辺りを支配するは静寂。ただ一つソレのみ。
少し、遠く。
駅のすぐ近く。
何の変哲も無い、街並みの中。
その空間が──"割れた"
地面に接するような、空間の裂け目。
そこからは、軋むような音と共に、『塔』が這い上がる。
通路は、塞がれた。
その先にいた人達の姿は、もう見えない。
世界そのものが軋むような音は、未だ鳴り止まず、遠くを見れば、同じような空間の裂け目が垣間見える。
……他にも『塔』と同じようなモノがあると考えるべきだろうか。
正体不明の巨塔には、窓のようなものはなく、唯一あるのは、奥の見えない入口のみ。
目に見える形での異常に、街の人達の混乱は増すばかりだ。
地震、火災、落雷、竜巻、曇天……そして『塔』
これは祝福となり得るものなのか、それともただの厄災か、少なくとも、今は誰もが厄災なのだと、そう思っていそうだ。
だって──
助けを求めるだけの子供達、避難所へと逃げ惑う有象無象、他責思考で怒る者、神に祈りを捧げる女。
気が狂いフラフラと走り回り、倒壊に巻き込まれ喚き散らし、他人を助けようとし、この期に及んで盗みを働き……そんな人々が
みーんな、コレを厄災と呼ぶのだから。
別に僕は、他人の不幸を好むような、趣味嗜好をした人間では無い。
なのに、何故だろうか。
"楽しみだ"と感じるのは。
「……ふふっ、はははっ」
そうして、何の気なしに塔を眺めてみると……
光の板が、再び現れる。
◇◆◇
光の板……ステータスを示す半透明の板なのだから、『ステータスプレート』とでも呼ぼうかな。
しかしまぁ、2回目の登場というのは、なんと言うか、新鮮味が薄れてしまう。
1回目ほどの高揚は、感じられない。
もっとも、街の人達は違うようだけど。
「ひっ、ひぃぃ。な、なんでまた!」
「な、何これ……。」
「……っ。何だよ、何でだよ! また何か起きるってんのかよぉ……」
「ふざけんな! 何でまたこんなのが出てきてんだよ!」
「ヒヒッ、イヒヒッ、神よ! また祝福を齎してくださったのですね!」
再び現れた光の板に怯えたり、ようやく光の板に気が付き混乱したり。
全てはこの光の板が異常の原因なのだと憤慨したり、精神が壊れたのか、狂信者のように神の祝福なのだと光の板を崇めたり。
むしろ2回目の方が、反応が大きいようにも見える。
再び現れたステータスプレートには、まだ何も表示されてなく、ただの半透明な光の板が、デバイスから空間へ投影されているだけ。
反射的にデバイスの電源を落としてみたが、何故か光の板、ステータスプレートは投影されたまま。
紙パックのいちごミルクを飲みながら、辺りの様子を見渡していると……光の板に、ノイズが奔りだす。
文字数字記号、ゲームのバグみたいに、それらが表示されては入り交じり、歪み、光の板自体がデバイスから離れていく。
光の板が進む方へ目を動かすと、そこには『塔』があって……
ノイズが収まると同時に、光の板には、その文字列が並んだ。
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「
ダンジョン が あらわれた
」
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