ep10:高齢者を敬わない。
光の弱い電灯が、視界の端で揺れている。
消毒液の匂いが鼻に刺さる。
視界の端で、点滴が揺れていた。
……病院?
どこだ、ここ。
頭が痛い、喉がひりつく。
……寝すぎちゃったかな?
「……っ、ぃ"たっ」
身体を起こそうとして、気づく。
身体が、動かない。
拘束されているという訳では無い。
酷い筋肉痛や骨に響くような痛み……それと、漫画でしか見たことの無いようなぐるぐる巻きの包帯のせいで、動くことができないのだ。
鏡ないのかな、ミイラみたいになってそうだ。
──コツ、コツ
足音がこちらへ近づいてくる。
誰かいるのか……。
こういう時って、『誰だッ、そこにいるのはッ!?』とかって言った方がいいのかな。
どうだろうか、いや、面白そうだ、やってみよ──
「ふむ? おや、目を覚ま「誰だッ! そこにいるのはッ!?」
絶妙に会話がすれ違った。
白衣の老人と、ばっちり目が合う。
「……」
「……」
数秒、沈黙。
心地の悪い空気が漂う。
「……騒がしいのぉ。次叫んでみろ、口を縫いつけるぞ」
老人はピキった。
皺の多い額に青筋を立てている。
ボクは笑った。
◇◆◇
「こんにちはァ。ボクは愚道戯楽。それで、ここは何処で、今は何時なのかな? 君はボクを助けてくれた人物なのかな?」
沈黙。
「それは白衣かな、随分と年季が入っているようだね。失礼なんて思わないけど、年齢聞いてもいい? 歳をとると髪の毛って白くなるものなん「縫うぞ」
ドスの効いた声で、淡白に。
即座に口を閉じた。
「……」
針を持った老人の気迫は恐ろしい。
種類は違えど、あの魔物を彷彿とさせる。
お口にチャックを施されそうになり、息を殺していると、包帯が徐々に取られていく。
包帯を取っていいくらいには、傷が癒えているという事だろうか。
…………。
あの、大量の傷が?
……あの日から、一体どれだけの時間が経ったのか。
手の震えもなく、淡々と回収していく様には、手際の良さを感じさせられた。年の功と言うやつだろうか。
何歳か、なんて知らないけど。
……それにしても、何故この老人はボクを治療しているのだろうか。
周りをよく見てみると、割れた窓は板で塞がれ、花瓶は割れていて土が零れていた。
病室のように見えるものの、通常の病院とは程遠い設備のボロさだ。
周囲に人の気配は感じられない、か。
恐らくボクを治療したのは、この老人の独断だろう。
勝手な偏見だが、善意で人に施すような人間には見えない。
何がしたいんだろうか。
楽しいことだといいなぁ。
そう思いながら、部屋の奥を見た。
ホルマリン漬けにされた大量の目玉達が、こちらを向いていた。
…………。
フハハ♪
◇◆◇
「よっ、ほっ、やっ、と。ねぇねぇ〜、はやくしてくれないかな〜」
あの日、確かに感じた熱を、再発させる。
やり方は、身体が覚えていた。
温度のない、熱とすら言えない不思議な熱を動かす。
押し込んで、伸ばして、形成して。
体内も、体外でも関係ない。自由度の高い粘土を弄くり回す。ちょっと楽しい。
まぁ、要するに暇つぶしだ。
包帯を取り終わると、そのまま流れるように筋弛緩剤を打ち込まれた。
どうやら、あのしわしわの翁はボクの身体で人体実験をしたいらしい。
魔物の眼が……、適合時の拒否反応が……、なんて、独り言のようにブツブツ言っていたのを覚えている。
「ふむ、まぁ少しくらい待っとれ。まだ起きてから30分も経っていないだろうに。被検体間違えたかのぉ。騒がしいクソガキは、儂のようなか弱い年寄りにはちとキツイわい。ほっほぉ(笑)」
「ジジイになると倫理感も無くなるのか。脳みそでも腐ってんのかなァ? クセェぞ、クソジジィ。フハハ!」
穏やかな口調でストレートな辛口、そのくせ最後には満面の笑みでボクを煽る。
そうしてボクもまた煽り返す。
包帯を取ってから、もう10分。ずっとこれだ。
全く、大人気ないものだね。
白衣を着た老害は、妙にハイテクな小箱を片手に、冷ややかな目で。
「チッ、敬う気はないのか、クソガキめ」
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ep10:高齢者を敬わない。




