ep9:寝る子は育つ
路地裏は、いつもより赤い。
排水溝からは血が混じり、鉄の匂いが漂う。
街灯が微かに届く、薄暗い路地からは、鈍く光を返す血が垂れ行く。
何かの建物の壁を背に、座り込むように、彼は居た。
息はある。
胸が、ゆっくりと上下している。
けれど、目は閉じたまま。
指先も動かない。
血塗れの、身体。
自身の血に塗れた、赤色の肢体。
ただ、体温だけが、まだ落ちていない。
◇◇◇
ダンジョンが現れてから──3日目。
避難所に避難し、世界の変化に怯えた人々は、緩やかに収まりを見せる災害に歓喜した。
ただ、ある所では何棟ものビルが倒壊し、行き場を失い。ある所では、街が炎に覆われ、焦土と化した。
またある所では、世界遺産が崩壊し、文化的打撃を受け。ある所では、街ごと海に沈んだ。
時代の発展と共に進化してきた情報の通信技術は、それらの事実を世界に広め、人々は、原因すらも分からないダンジョンという名の異物に、負の感情を抱いた。
復興の目処は、まだ立っていない。
◇◇◇
ダンジョンが現れてから──7日目。
現時点で確認されている、ダンジョンに侵入後行方不明とされた人物は、日本国内だけで千を超えた。
ようやく首都圏以外にも国の救助が始まった為か、復興が開始した為か、一部を除き、彼等の表情は明るさを取り戻している。
ネットでは、ダンジョンというこの上ない未知の異物に歓喜し、世界規模でおよそ数十万にも及ぶ人々が、ダンジョンへと歩を進めたことが確認された。
ツウィッターの検索欄は『ダンジョン』という固有名詞が総ナメして、テレビ、ヨーチューブ、ネットニュースなどなど、世界中の人々はダンジョンに強い関心を抱いている。
人々は、未知の解明に勤しむ。
ただ、ダンジョンの実態は未だ闇の中。
◇◇◇
ダンジョンが現れてから──11日目。
ニュースは、恐怖よりも話題性を優先し始めていた。
『無職男性50名がパイプとヘルメットでダンジョンに侵入!?』
『〇〇国△△州の森林型ダンジョンで未知の植物が!?』
『高校生男女数名がダンジョンから帰還!』
『レベルアップの効果とは!?』
好奇をそそるタイトルを真ん中に、被害者数を示したテロップを隅にして。
ステータス。
光の板。
ダンジョン。
魔物。
レベル。
魔力。
未知で覆われたソレに、人々は早くも適応しようとしていた。
◇◇◇
ダン現れ──24日目。
ダンジョンの"完全攻略"した名乗る者が現れ、ネットは騒然とした。
その結果、ダンジョンには、完全攻略報酬とは別に、初回特典なる物があると発覚する。
ファンタジックで非現実的なソレは、一部の人々を魅了し、それと同時に、ダンジョンの実態が少しづつ、明るみに出ていく。
未知の解明、可能性の探求。
ダンジョンへと歩を進める理由に彼等は正当性を見つけ出し、波は加速する。
けれど、世間の反応は冷たい。
◇◇◇
ダン──27日目。
ダンジョン内部での配信、ダンジョンについての動画、画像。
数多くの者たちが、ダンジョンへと挑む。
世間にダンジョンの実態を悟らせるには、十分だった。
『働きもせず命をドブに捨てるバカ』
『社会不適合者共』『夢見るクソガキ』
『そんなことよりも復興に従事しろ』
『親から貰った命をドブに捨てるな』
『自殺志願者』『酔狂』『税金泥棒』
ダンジョンへ挑む者たちに向ける世間の感想は、冷えきっていた。
一部地域を除き、ダンジョンから何らかの形で被害が出たことはない。
ダンジョンから魔物が出たのは、ダンジョンに侵入したからだ、などという噂もある。
確認された死傷者数は、数万に及ぶ。
それでも、入口の前に並ぶ者は減らない。
民意は、世論は、異物を恐れ、排斥する。
ダンジョンへ挑む者に向ける目は、酷く冷たい。
◇◇◇
──30日目。
被害の少ない地域では、営業を再開する店舗も増えた。
仮設住宅の建設が進み、学校は縮小運営で再開される。
ダンジョンに関する報道は減少傾向にあった。
探索者は、依然として存在する。
だが、それは一部の話題に過ぎない。
世論の大勢は、復興へと視線を向けていた。
ダンジョンは、なりを潜めたように、静かだ。
入口は、今日も開いたまま。
◇◇◇
ダンジョンが現れてから、一月が経過した。
──そうして、目を覚ます。
「知らない天井だ」
────────────────────
ep9:寝る子は育つ




