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ダンジョン が あらわれた  作者: 黒白のアレ。
PHASE1 楽しくない世界
10/13

ep8:都合良く、なんて。


 赤鉄の大剣が、落ちてくる。

 背後で、そんな気配がした。


 終わる、終わってしまう。


 こんなところで。

 せっかく、こんなに楽しいのに。

 今までで、一番笑えたのに。


 ようやく、色鮮やかに見えたのに。


 終わってしまう……。



──終わってしまう、はずなのに。



 ……熱い。


 熱い、熱い、熱い熱い熱い熱い熱い。


 頭がぼーっとする。


 目を向けた先にある大剣は、ものすごい速度で振り下ろされているはずなのに、やけに、ゆっくりと見えた。


 なんだか、妙に冴える。


 肌に触れる空気の動きが、鈍い。

 呼吸の間隔が、ものすごく、長く感じて。


 右腕は動かない──はずなのに、感覚もなしに、身体が勝手に立ち上がった。


 なんで、動けるんだろうか。

 身体が、とっても熱い。


 ぼんやりとした思考の中。

 のんびりと、水の中のように揺れ動く、世界の中。


 そんな事を、考えた。


 ……ふと、魔物の方を見る。


 驚愕。

 そんな色を見せて、魔物は、その動きを止めていた。



◇◆◇



 ……なんだか、あぁ。


 出来る。


 全能感、とでも言うのだろうか。

 理由なんて分からない。

 けれど、今なら何でも出来てしまいそうな、そんな感覚が、熱く、身体の奥底から、湧き出てくる。


「…………」


 左の拳を、握る。


 踏み込み。


 地面が砕け、視界が、一瞬で魔物に迫る。


 左腕を、振りかぶって、

 急な変化に驚いた魔物は、すぐに赤鉄の大剣を、己の身を守るかのように構えていた。


 熱が、集中する。


 空気が、震える。


 足元の瓦礫が、触れてもいないのに、じり、と焼け焦げる。


 拳の周囲だけ、景色が歪んでいた。

 逃げ場が、削られていく。

 空間そのものが、圧縮されているようだった。


 一撃。


 人間には到底出せない、ありえない、轟速。


 身体から湧き出る、尋常じゃない程の熱が、意志もなく、一点に収束する。

 血管が裂けても構わない。

 骨が軋んでも止まらない。

 左腕の中で暴れるナニカを、そのままにして、解き放つ。


 直撃すれば、終わる。


 赤鉄の大剣ごと。

 外殻も、肉も、核も。

 潰れ、弾け、形を失い、跡形もなくなる。


 そういう未来しか、思い浮かばない。


 それだけの、一撃。


 ただ、あの魔物にぶつけて──






──コツンッ


「ぁ、え?」


 軽い。

 あまりにも軽すぎる、音。

 想定外。潰れない、弾けない……ふははっ──



──次の瞬間、腹に衝撃。


 とんでもない勢いで、飛ばされる。


 視界が、グワン、グワンと、回転する。


 壁を突き抜け、瓦礫を突き破って……


「ゴハッ、ァ、ァ……」


 ここ、ど、こ?


 息が、出来、ない。


 暗い、何処か。


 埃。


 身体が、沈む。



 ……甘い、よなぁ。


 覚醒して、大逆転、なんて。

 そんな都合のいい、絵空事、あるわけないのに。


 僅かに残る思考で、そんな事を考えながら。



◆◆◆



──ズン、ズン


 重々しいナニカに押しつぶされる、瓦礫の音が。

 ガタガタと引きずられる、巨鉄の音が。


 ゆっくり。確実に。


 こちらへ。

 ボクの元へと、近づいてくる。


 ……さ、むい。


 さっきまでの熱が、嘘のように、消えている。

 身体中の傷口から、血が流れ出している。


 握りしめて、引き絞った左腕からも、もうほとんど感覚がない。

 踏み込んだ足は、今にも壊れてしまいそうだ。


 頭が、ぼーっと、して。

 とっても、痛くて、寒くて。


「  」


 口からは、空気だけ。

 声も、出てこない。


 あ、ぁ。


──ギィィィィン!!!


 遠くから、崩れ落ちる、瓦礫の音。


 前に、目を向ける。


 壁の隙間から、ソレは姿をのぞかせて。


 そこには、やっぱり、赤色に輝く、巨大な鉄の剣を持った、魔物がいて。


「       」


 見つかっちゃった、なんて言うように、口を動かして、そして口端を持ち上げて、魔物を見る。



 ……あぁ。


 足音が、鉄の匂いが、魔物の気配が、どんどん、近づいてくる。

 死の気配が、こちらへ向かってくる。


 嫌だ、まだ嫌だ。

 まだ死にたくなんてない。

 まだこの人生を生きていたい。

 やっと楽しくなってきたのに。

 やっと素晴らしくなってきたのに。


 ふざけるな、こんなところで死ぬなんて、つまらなすぎる。


 少しでも、逃げようとして。もっと、生きようとして。

 必死に足掻こうと、もうほとんど動かない左腕を、足を、皮膚が削れ血が出ようと、必死動かして、火事場の馬鹿力でも、内に秘める力でも、なんでもいいから捻り出そうとして……。


──ギィィィィン!!


 近くの壁が、吹き飛んだ。


 見れば、魔物はもうすぐそこまで来ていて、しっかりと、ボクの姿だけを見て、迫っていて。


 あぁ、嫌だ、ダメだ、ダメだダメだ。

 まだダメだ。死ぬのはダメだ、嫌だ、嫌だ。

 まだ嫌だ。まだ楽しみたい。あぁ、あぁ、嫌だ。


 何か出ろよ、出てくれよ。

 あの熱は、もうないのか? もう出てきてはくれないのか。

 嫌だ。まだ楽しんでいたい。楽しめなくなるなんて、面白くない、つまらない、楽しくない、嫌だ嫌だ。




 って、ぁ、れ?


 何? 煙? なんだ、これ。


 何故か、身体から、湯気みたいのが出ていた。



 ……でも、ただ、それだけだった。

 たった、それだけ。

 それ以外、何も出ない。


 期待していた、秘めた力なんて、火事場の馬鹿力なんて、出てこない。


 そんな、つまらない現実を叩きつけられた気がして。

 でも、それでも諦めきれなくて。


 何か、何でもいいから、そんなナニカを必死に探して……


 ……?


 僅かな、ほんの僅かの違和感に、

 ようやく、気がつけた。


──魔物が、ボクを見失っていることに。


 身体から出た、変な湯気のようなものに、目が行っていることに。


 これだ、これだ……ッ。


 感覚は、身体で覚えている。

 いける、これなら。

 

 身体中の何もかもを出し切るように、意識が朦朧としてきても、とにかく出し切るように、この煙を、唯一の道筋を。


 煙はそこら中に広がって、

 やがて魔物は、ボクを完全に見失っているようだった。


 ボロボロの身体で、どうにか壁に擦り寄って立ち上がり、逃げ──



──ギィィィィン!

──ギギィィィィン!!

──ギギギィィィィン!!!


 大量の、空気すらも断ち切るような、鉄の轟音。


 魔物は、ボクの居場所ごと吹き飛ばすように暴れて、その余波で、また吹っ飛ばされる。


「ゴ、べぇッ」

 

 こ、これで4回目。

 なんだか、しまらないなぁ。


 なんて思いながら逃げて、逃げて逃げて……やっとの思いで、逃げ切った。



◇◆◇



 夜風が、やけに心地良かった。


 息が荒い。

 肺が痛い。

 ひんやりとした風が、傷口に酷く沁み込む。

 喉の奥は、鉄の味が張り付いている。


 痛い、寒い、苦しい、辛い。


 ……でも、何だろうか。


「……ははっ、ふははっ」


 何なのかな、あの魔物。

 強すぎるよなぁ。

 あんなでっかい大剣片手でブンブン振り回すし。

 しかも一振で建物を何個も吹き飛ばすし……やっぱ強いよなぁ。


 あんなのが最初に出てくるとか、まったく、なんて理不尽だ。


 ……でも、ああいう理不尽、嫌いじゃあない。


 フハハッ。




 ……少し、悔しい。


 別に、強さが欲しくなった訳じゃあない。

 ボロ負けして悔しい訳でもない。


 ちゃんと逃げ切った。

 あの熱も味わえた。

 今までより、何倍も楽しかった。


 何より──まだ、生きてる


 ……でも。


 もっと、何か楽しくすることが、出来た気がする。


 もっと暴れて。

 もっと遊んで。

 もっと、笑えた気がする。


 ……それが、ちょっとだけ、気に食わない。


 次はもっと、楽しもう。


 あの、赤鉄の大剣を思い出しながら、そんなことを考える。



 完全な敗北。惨めな逃走。醜い容貌。


 ……どれも結構じゃあないか。


 それがあって今がある。

 敗北を正当化したい訳じゃあない。


 ただ、やっぱり、勝ち負けよりも、楽しみた──




──いや、何か、違うな。


 もうろくに力の入らない左手で、ガシッ、と頭を掴む。間違いを直すように。違和感を壊すように。


 変に理屈っぽくなるのは、なんか違う。

 湿っぽくなったからかな。


 もっと、単純でいい。


 楽しければそれでいい。

 楽しくて、笑って、ぃ、られたい。


 意識が朦朧とする。

 足取りが、おぼつかなくなって、フラフラと。

 血は音を立てて、流れ落ちて。


 そんな音すらも、ぼやけてきて。


 薄暗い、路地裏で。

 崩れ落ちるように、壁に背もたれを着く。


「さぁて、次は、何をして、遊ぼうかな」


 そう、呟いて、意識を手放した。


 夜空に月が輝く……なんてことはなく、未だ曇った空のまま。



────────────────────

ep8:都合良く、なんて。


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