かいぬし、ゆるさない(ゆるされた)
お読みいただきありがとうございます。
猫というのは、わりと好戦的というか向こう見ずというか。
自分より大きな犬にも飛びかかったり、ネコパンチをお見舞いしたりする。
一撃離脱のアサシン型というのだろうか。
一発殴って見事にスタコラサッサと逃げていくので、襲われた方は驚くことこの上ない。
外国の動画なんかでは、襲ってきた熊に飛びかかって、もしくは顔面に強烈なネコパンチをかまして追い返すというものまであるくらい。
ディープフェイクじゃないよ。
なんでこんなことを言ってるかと言うと、だ。
テレビで熊の出没ニュースをやっていたから。
この辺りは適当に栄えつつ、適当に田舎。
街はあれどもドでかい鎮守の森持つ神社があるし、大きな川もある。
山から川沿いを歩いて、猪や猿が降りてくることもあって。
珍しいところでは鹿が子連れでやってきたとかも、回覧板に載ってたことがある。
微笑ましいニュースじゃなくて、親子連れの獣は危ないので注意してねっていう。
そういうとき猫飼いは何を考えるかと言えば「猫をしまえ」だ。
襲われて怪我、それどころか死ぬことさえある。
最近は番犬すら熊が出たら「しまえ」って言われるくらいだ。
猫は当然家の中。
本日もお出掛け前は、窓の鍵チェック。
指差し確認三回の後、お見送りに来てくれた猫に声をかける。
「ごりょんさん、最近山から熊がおりてきてるみたい。この辺には来ないと思うけど念のため。お留守番よろしく」
「んにゃ」
素直だな?
普段は返事なんかしないで、ソファーの上で尻尾を「はいはい」って感じで動かして終わりなのに。
何か釈然としないものを抱えつつ、リビングと玄関前を隔てる扉をくぐる。
扉がしまる前にちょっと振り替えると、ごりょんさんがあくびをしながらソファーに戻るのが見えた。
用事って言っても、チャリでホームセンターに猫のご飯を買いに行くだけのお仕事。
うちにも車はありますが、姉が仕事に乗っていきましたまる。
仕方ないから、前かごに山ほどウェットとドライ両方のご飯を入れて。
後ろの荷台には猫の砂を積んできた。
過重積載?
チャリにそんなものはない。あっても、私の中にはない。だって電動だもん。
ごりょんさんはグルメ……かどうかは知らないけど、一度飽きたらそのご飯は食べない。
今のところ、文句なく食べてくれるのはモンプチ。
おやつはいりこに鰹節、ちゅ~るはマストだ。
たまに鶏のささ身を茹でただけのをお出しすることも。
人間のご飯は猫には毒。大袈裟な言い方かもだけど、塩分とかヤバい。
牛乳もお腹下しちゃうからね。
ネギ・玉ねぎは駄目絶対。
他にも駄目なものはあるけど、猫用の物を食べさせていればそういうのは防げる。
猫には猫のご飯を。
それが長生きの定石だと思っている。
それはそれとして。
自転車を鉄門扉の中にいれて、かごから荷物を取り出す。
重い。
いつも結構な量を買う。けど、今日はそれに加えて猫砂一袋だ。そりゃ重い。
肩に猫砂を担いで、片腕に猫のご飯でパンパンのエコバッグ。
玄関の鍵を開けるのも一苦労だ。
上がりかまちに荷物をおろすと、ほっと一息。
するとリビングの扉の向こうからガタガタと音がしたのと「フシャーッ!?」という威嚇の声。
急いでリビングに向かうと、開け放たれた掃き出しと揺らめくカーテン。
そして尻尾が棒束子のように膨らんだごりょんさんが、大きな何かをバックステップで躱していて。
考えるより早く身体が動く。
だっと走って掃き出しまで出ると、立て掛けてあるストレス解消用バットを手にごりょんさんの前に立つ。
とりあえずフルスイングすれば威嚇にはなるだろう。
そういう軽い気持ちだった。
「へいへい、ピッチャーびびってるぅっ!」
これ、友達から聞いたやつ。
バットをフルスイングするときは、こういうんだって。
野球ってそういうルールなの?
凄いね。
力一杯振り抜いたバットはどうやら芯を捉えたらしい。
結構な手応えに、ごりょんさんに威嚇されていた物がふらつく。
これで脳震盪なり、それこそビビるなりして逃げてくれたら良いんだけどな。
とはいえ、時間は稼げた。
側でふしゃふしゃ言ってるごりょんさんを抱き抱えて、家の中へ。
掃き出しの鍵を閉める。
うちの掃き出しは台風対策のために、かなり頑丈に出来てるから破られることはない、はず。
いや、解らん。
とりあえずこういうとき、どこに連絡すれば良いんだっけ?
警察?
襲われました~みたいな?
だけど、正直何に襲われたのかさっぱり。
改めて確認する勇気はちょっと。
でも庭を見ると、何かがいる気配はなくて。
そっともうちょいカーテンの隙間から覗いて見ると、毛むくじゃらの何かが倒れていた。
やべぇ、殺っちゃったか?
若干冷や汗が出る。
というか、また掃き出し開いてたんだけど。
何なの?
腕に抱えたごりょんさんを見る。
なんか黒い毛皮が濡れてるのか、重く垂れているような。
おまけにかなり生臭くて埃っぽい。
そしてごりょんさんを抱えた私の服が大惨事。
「ごりょんさん?」
「にゃあ?」
「怪我とかない?」
「にゃう」
「ないか。それならい……くないんだよ!? 何してきたの、凄い汚いし臭い!」
「にゃ!」
「……被告ごりょんさん。勝手に外出した上にクサクサのドロドロ罪により、丸洗いの刑に処す」
「にぎゃ!?」
逃げようとするごりょんさんの、首根っこをひっつかむ。
本当はこんな持ち方しちゃいけないんだけど、逃がさないためには急所を押さえるしかない。
服?
どうせ洗うんだ。濡れたところで屁でもない。
バスルームに連れ込んで、いつでも洗えるようにセットされた猫シャンプーだの一式を用意する。
勿論バスルームの扉はしっかり閉めた。
床にごりょんさんをおろすと、にゃごにゃごと文句を言う。
けど聞かない。
クサクサのドロドロはアカン。不衛生、駄目絶対。
シャワーの湯を自分の手首に当てて温度確認と調整。
適温は三十五度から三十八度くらいらしいから、うちでは三十八度。
猫はだいたい水が苦手だ。
ごりょんさんもそう。飛沫が当たる度にうにゃうにゃと講義の鳴き声が上がる。
あれねー、たぶん「やめろ!」とか言ってんだろう。
本来はブラッシングから始めたいとこなんだけど、何せドロドロで濡れているみたいだから省略。
いきなり顔や身体にお湯をかけてはいけない。
後ろ足や尻からゆっくりと。
ここまでくると、さしものごりょんさんも大人しくなる。
ただし顔は雄弁。
「わたしをぬらしたかいぬし、ゆるさない」って感じ。
普段さらさらの被毛はペソッとしてきたけど、その下の皮膚もきっちり濡らす。でないとシャンプーが染みにくい。
薄めた猫用シャンプーを馴染ませて、マッサージするように洗っていく。
爪立てちゃ駄目。皮膚が傷むからね。
ごりょんさんは水で濡らされるのは嫌いだけど、シャンプー時のこのマッサージは嫌いじゃないらしい。
「かゆいとこありませんか~」
「なーん」
「ございませんか、そうですか」
しゃこしゃことやって、シャンプーを流す。
このときはシャワーヘッドを皮膚に当てるくらい近くで流す。水圧は弱め。
自分の皮膚はざっとやっちゃうけど、猫は別。
この子達、怪我しても自分では話せないからね。
シャンプーを流し終わると、次はリンス。
これも猫用を使わないと。
つか、人間のものは何一つ使わない。全て猫用のだ。
人間と猫は違う生物なんだから、全部違ってて当たり前。
そんなわけでごりょんさんを丸洗いしたんだけど、そういや汚れがなんか赤黒かったような?
猫の毛は上毛下毛の二重で乾きにくい。
この辺りが濡れるのを嫌がる理由なんじゃないかと思うけど、それはおいておく。
タオルである程度拭くと、私も汚れた上に濡れた服を脱いだ。
シャツとパンツのお巡りさんこちらですルックだ。笑いたければ笑え。
ごりょんさんはむすっとしながらも大人しく、私が服を脱ぐのを待っていて。
風呂場の横の洗面台においてあったドライヤーをもって、ごりょんさんを抱えてリビングへ。
ソファー近くにあるコンセントにドライヤーのプラグをさしこんで、抱えたごりょんさんと一緒に座る。
猫は大きい音が苦手。
ドライヤーだって本当は嫌なはずなんだけど、なんかごりょんさんは大丈夫らしい。
ブワッと出る風を直接当てないように、私の手首狙いで。
低温かつ三十センチくらい離せば大丈夫かな。
毛の根本を掻き分けるように風を送り込む。
それもマッサージのような感じなのか、ごりょんさんは目を細めている。
「おかゆいところはございませんか~」
「みぃーぃ」
「右ですか、はいはい」
顔はでも相変わらずむっすりなんだよなー。
「かいぬし、ゆるさない」継続中のご様子。
はいはい、お怒りが解けるまでご奉仕させていただきますとも。
サワサワと風を送りながら乾かしていると、ガレージの方が騒がしい。
姉が帰ってきたのだろう。
玄関を開けた音と、のしのしとこっちへくる足音が。
ガチャッとリビングの扉が開いた。
「ちょっとー、熊死んでるじゃん! 警察に連絡したの?」
「あ? 熊だったの?」
「え? なんだと思ってバット振ったの?」
さて、なんだったかな?
小一時間後。
前回ごりょんさんのお土産を買い取ってくれた探索者協会の職員さんがやってきた。
熊の件で警察に通報したら、単なる熊じゃなく魔熊と言うやつだったらしい。
「え? 釘バット? ああ、直接死因の頸椎骨折の方ですね。それ以前に爪で頸動脈をぶっちぎられてます。遅かれ早かれ出血死ですね」
「わぁ」
ごりょんさんを抱っこしたままで職員さんに対応すると、彼はごりょんさんを見て「猫、食べられなくて良かったですね」と笑う。
本当だよ。
買い取り査定を進めつつ、職員さんが「そういえば」と真面目な顔をした。
「ところで、探索者ランクはどの辺りなんですか?」
「え? いや、ペーパーですよ」
「またまたぁ。魔熊の首へし折れるペーパーがいたら怖いですって」
「いや、マジで。私、職業ライトノベル作家だから」
「え!?」
職員さんが「うそ!?」と声をあげる。
マジなんだよな~。
苦笑いしつつ、いつも財布にある探索者免許を取り出す。
初級のゴールド。
初級とはダンジョンに行ってない証。ダンジョン踏破したら大概は中級くらいにはなる。
更にゴールドとは無事故五年の誉れだ。ダンジョン内で怪我したこともない印ともいう。
免許証を確認した職員さんが、こそっと小声で話す。
「不躾ですが、ラノベ作家って楽に稼げるって本当です?」
「あー……熊倒せたらいけるんでは?」
「え? 熊ですか?」
「はい。ラノベ作家って熊倒せて一人前のラノベ作家って言われてるんですよ。私も今回で達成です」
にこっと笑えば、職員さんの顔がひきつる。
「熊倒せないと一人前じゃないって言われる仕事、楽に稼げると思います?」
「大変失礼したしました」
「いえいえ」
今回の査定は魔熊一頭で、前回のワイバーンの尻尾より五万ほどお高くなりました。
それで高級鰹節を捧げて、ようやくごりょんさんはゆるしてくれました。
お読みいただいてありがとうございました。
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