第9話:可能性
わざわざ授業をほっぽりださせてしまったことに申し訳なさを感じる竜子に、巴はなぜか感激の涙を流していた。
「なんか、悪いな巴」
「優しさ……久しぶりに他人から優しさを感じた気がしますわ……!!」
「んな大げさな……いや、普段あいつと一緒にいるからチョロくなってやがんのか」
いったいどれだけ振り回したんだこいつ、と神流を横目見る。
しばらく他人から常人なら取るに足らない優しさに触れて涙を流していた巴だったが、次の授業に間に合わせる為数回深呼吸して落ち着き、気を取り直して口を開く。
「……さて、気を取り直して! 竜子さん、魔法少女への覚醒おめでとうございますわ!!」
パチパチと我が事のように嬉しそうに拍手をする巴。暴君のように自分勝手に振る舞う神流と違って、巴自身のことを気遣ってくれる優しい同僚が出来たというのも強いのだろう。若干目じりに先ほど流した涙が浮かんでいる。
「本当、まともな人が魔法少女になってくれてよかったですわ……!!」
「……インベーダー相手に素手で挑むのはまともではないのでは?」
「性根の話ですわよこの極悪魔法少女」
やけに『まともな人』であることを強調して感謝されていることに、竜子は若干ながら不本意というか、「一応番長なんだけどなあ」という気持ちであった。
が、出会いがしらに神流にされたことを思い出したら、この反応にも納得いくところもあった。
いくら不良でも、普通開幕木刀で撲殺しにかかったりはしない。あれは喧嘩というより、殺す気の勢いだった。
「で、だ。魔法少女ってのと、あの黒い化け物ども、男女について、全部まとめて説明してくれるんだろうな」
喧嘩に使わなかった、無事だったパイプ椅子にどかりと座り、顎で説明を促す。
神流は座っていた椅子から立ち上がらず持ってきていた書物を読む作業に戻り、巴はそんな様子の神流に眉をピクリと動かすも、すぐに咳払いをして腰に手を当てて話し始めた。
「まず最初に魔法少女に関してですが……これに関しては正直私たちもよく理解してませんわ」
「ハァ!?」
いきなり説明を放棄するような事を言われたので、竜子は思わず素っ頓狂な声が出てしまった。
巴はそんな様子の竜子に構わず説明を続ける。
「人間離れした力を持った少女が、連中がインベーダーと呼んでいる生物の血を浴びることによって覚醒した謎の存在。自在に武器を出せて、変身前より力が上がっている……今のところ判明いるのはこれだけですわね」
「つまりよぉ……おめぇら、何もよくわからずこの力を使っている、っつうことか?」
竜子は、神流と巴をもの言いたげな目で睨みつける。巴はそっと目を逸らした。
竜子自身、深夜のインベーダーとの戦闘でこの力がどれだけ強大で、どれだけ恐ろしいものか、自分なりにではあるが実感している。むやみやたらに振り回してはいけない、使いようによっては悪魔にもなれる力だと。
だが、当の先輩二人があまり理解していないというのであれば……やはり、不安が芽生えてしまうのもまた道理であろう。
巴は申し訳なさそうに眉を寄せて頷くが、神流は本から目線を上げずに口を開いた。
「車や電子機器がどのように作用しているのかを知って利用している人間は少ない、魔法少女もそれと同じようなもんですよ」
「……そういうもんか?」
「どうせ誰も真相なんて知る由無いんですから、独自解釈に納得しておけばいいでしょう」
そう。今この場にいる先輩魔法少女すらもわかっていないのだ。であればうんうん頭をひねって考えたところで、納得のいく答えなんてものは出てこない。
であれば、ひとまず置いておいても構わないだろう。いつか誰かが判明させてくれると他力本願てもバチは当たるまい。
「……まっ、それもそうか。悪かったな巴、続けてくれ」
「それで納得いたしますの……? まっ、まあいいですわ……次にインベーダーですが、貴女の言う男女が使役する怪物ですわね。こいつら自体がなんなのかは私にもわかっておりませんが、目的はカラミティナイト、という鉱石だということはわかっていますわ」
「カラミティナイト……? なんじゃそら」
聞きなれない単語に竜子は思わず聞き返す。必死に思い出そうと眉間にしわを寄せるも、思い出せるのは近場の風俗の『絡みたいナイト』くらい。ナイトしか関連しないどうでもいいものしか浮かんでこない。
「この浪川市の地下深くに、約二百キロ平方メートルにもなる一枚の鉱石プレートが眠っていますの。現代技術では決して採掘できない硬度の未知の原石、奴らはそれを採掘する為、この浪川市一帯を更地にしようとしているようですわ」
「要するに鉱物目当ての地上げか。しかし、なんだってそんなもん求めてるんだ?」
「世界征服をするのに必要、とかなんとか言っていたような気がしますが……わかりませんわ」
「わからない?」
「なぜ征服したいのかも、その鉱石が何故侵略に必要なのかもさっぱりわかりませんわ!!」
何故か自信満々に、巴は匙を投げた。
結局のところ、敵の目的についての理解度は何も知らなかった竜子とどっこい。カラミティナイトなる代物を狙っている、ぐらいしか情報を得られなかった。
何も進展していないことにため息をつき、竜子はおもむろに煙草を咥える。
「……つまりお前らもなにもわかってねぇ、ってことか」
「面目ありませんわ……」
狙いがわかったといっても、鉱石自体は浪川市一帯すべてを包み込むサイズで眠っている。
そして、少量だけ持ち出すということが今まで起きていない辺り……どこを狙ってくるか目星を付けることも不可能。
一校に増えない情報に紫煙交じりのため息をつく竜子だったが、巴の言葉に続けるように、神流が本をパタンと閉じた。
「……私達が戦う理由は変わりません。そうですよね、石川竜子」
竜子を指さし、引き裂いたような獰猛な笑みを浮かべ言葉を紡ぐ。
「侵略者が縄張りを侵略ている、それを黙って見ている訳にはいかない。だから我ら不良が侵略を買う。……私達浪川中学校の不良に、それ以上の説明が必要で?」
「……ねえな」
神流の言葉に竜子は納得したのか頷いた。神流の隣で巴が頭を抱えて眉間にしわを寄せてうんうん唸っている。
優等生としては、その理屈はあまり受け入れがたいものだろう。
だが、竜子には──不良にはこれ以上に道理の通った理由は存在しない。
地元を荒らされて逃げるのは、竜子の不良道に反する。
巴がため息と共に言葉を吐く。
「不良の理屈は分かりませ──」
『きゃああああああああ!!!!』
『助けてくれえええええ!!!!』
だが、外から聞こえてきた悲鳴によって巴の言葉は遮られてしまった。




